真夜中のホラー体験
「ん、むにゃ。あれ?」
その日の夜。ふと目が覚めた。寝る前にお茶を飲み過ぎてしまったからかもしれない。
(おトイレおトイレっ、って。う、怖いな)
アリィちゃんには悪いけれど常夜灯を点けさせてもらおう。大丈夫、これぐらいで起きちゃわないよね?
「ふぅ、今日は間に合った」
何とかトイレまで間に合ったことに安堵し、胸を撫で下ろし部屋に戻ろうとすると、あることに気が付く。
(あれ、アリィちゃん、いない?)
寝る前まで横にいたアリィちゃんの姿がどこにも無いのだ。
布団の中に隠れている。いやいやそんなことは絶対に無い。これまでだってそんなこと無かった。アリィちゃんはそんな子供みたいな悪戯はしないのだ。
じゃあ何でいない?アリィちゃんもトイレに行ったのか?
(いやいやいや!それこそあり得ない!この室内についているトイレの数は一つだけ。どう考えたってすれ違うはずだ)
なら、考えられる可能性は一つしかない。
あたしはばっと振りかえり、入口の扉の方を鋭く睨む。
「……っ」
高鳴る心臓の音を唇を噛んで殺しながら、ゆっくりと扉の方へと向かって歩く。ゆっくり。一歩ずつ。ロックを解除し、勇気を出して扉を開く。
「……」
ぎゅっと瞑っていた目をおそるおそる開く。そこは何の変哲もない廊下。その光景に強い違和感を覚える。もしかしたら、もうあたしはあたしの知らない異世界に迷い込んでしまっているのだろうか。
何の変哲もない廊下。そのはずなのになぜか違って視える。
このホテルには昨日も泊った。ホテルながらに格安で、故に食事のようなサービスは無いものの、小さなキッチンが付いており、個人で食材を持ち込んで調理が可能。という自宅にいる気分が味わえるホテルだ。
だからいつもと同じ。
いつもと同じ廊下のはずなのになぜか違って視える。
未視感という奴だろうか。であれば何も問題は無いのだが、どうやらそうではないらしい。
目の前の違和感を信じることが出来ずに目を必死にこする。そこは昨日と何一つ変わらない廊下が続いているだけだった。
今は零時を回っている。廊下には明かりがついてはいるものの、当然の如く誰も歩いてはいない。だから、続く通路の先、突き当りには何も無い。
「っ!」
その光景が何だか怖くてすぐに目を伏せる。あと五秒、いや二秒でも見続けていたら、その突き当りから誰かが現れてしまうような気がして。だから、逃げかえる様に扉を開けて部屋に飛び込んだ。
「はぁう。って、うわあああああああーーーーーッ!!!」
二つの絶叫が重なった。
室内が薄暗いこともあって、あたしは驚きのあまりその場で尻もちをついてしまう。目の前の人物も相当驚いたようで、数歩後退して身構える姿勢を取っていた。
「だ、誰ですかっ!?って、ちずちず!?」
「へ?あ、アリィちゃん?」
目をぱちくりさせるあたし。見上げるとそこには驚いた表情のアリィちゃんが、前かがみでこちらを覗き込んでいた。
どうやら、アリィちゃんは夜風に当たりながら少し考え事をしていたようで、眠っているあたしを起こしてしまわないように、カーテンを閉じたままでベランダに出ていたというのだ。
そういえば前にもこんなことがあったかもしれない。ならば最初に確認するべきだっただろうか。
いや、そもそも閉じているカーテンを開いてベランダを確認するなんて、怖がりのあたしに出来るわけがないんだけど。
「ほら、ちずちず。立てますか?」
アリィちゃんが手を差し伸べてくれた。あたしは頷いてその手を掴む。
「でもどうしてこんな夜中に廊下に出たりしてたんですか?平塚は治安が比較的良いとは聞いてますが、夜中にちずちずみたいな子が出歩くのは感心しませんね」
腰に手を当ててアリィちゃんがそう言った。
唇がへの字に曲がっている。その顔はあたしが夜中にこっそりと抜け出して、街に繰り出そうとしていたとでも言いたげな表情だ。
「そ、それはこっちのセリフだよっ!」
「へ?」
「あたし、おトイレ行きたくなって目が覚めたんだよ!で、アリィちゃんの姿が何処にもなかったからっ!探しに行こうと思って」
千寿流の瞳に涙が滲む。置いていかれたと思った寂しさと、廊下の恐怖。それが安堵と共に一気に溢れ出し、彼女はポカポカとアリシアの腰を叩いた。これにはアリシアも勝てない。彼女は困ったように眉を下げ、愛おしそうに千寿流の頭を撫でるのだった。




