二人揃って初めて一人前
蜘蛛型の魔獣は十匹に留まるはずがなく、ビルに隠れた視界の向こう、犇めき合い列を成し、街へ向かい進行し続けていた。その数は誇張抜きに百にも迫る。
しかし、それで臆する勇璃ではない。その瞳には物怖じも恐怖も映らない。空を蹴り、空を裂き、縦横無尽に駆けまわりながら、相手の死角を捉えそれらを確実に踏殺していく。
拳銃では傷一つつかなかったその硬すぎる装甲も、異能による加速と重力を相乗した蹴撃に耐えることは出来ず、混濁した液体を飛び散らせながらその身体を霧散させていく。
中には口から蜘蛛の巣のような黒い糸を吐き出す個体もいたが、蜘蛛の習性上、そちらについても警戒していたのか、危なげなく躱しカウンターの一撃を決めていく。
漆黒の海にたった一人、魔獣の群れと呼んでも差し支えない量の虫の大群を撃破していくその様は、一騎当千と呼ぶに相応しいだろう。
「ふう、魔獣の群れと云えど、所詮群れは群れですか」
目に映るすべての魔獣を撃破し、一息つく。
一個体は一撃で撃破できるほど脆弱。烏合の衆。とは言えこう数が多いと流石に疲れる。あと百匹現れたとしても負ける気は無いが、それでもいつか押し切られてしまう。群れるということは弱いということ。弱いから個を捨て大群で攻める。そこは人間とも同じということなのだろうか。
見渡す限りに敵影は無し。勇璃は今回の魔獣の大群全てを撃破し、市民の安全を確保できたことに安堵する。
その影、弛緩した背中を狙う黒い影が蠢くとも知らずに。
「さて、姉さんが到着するまで待機しましょうか」
音も気配も無く黒い一閃が伸びる。それが魔獣の策略。漆黒の軍勢全てを犠牲にした確殺の一撃だった。
「はい、残念」
狙われた殺意の塊は勇璃の首元を一寸も違わず狙ったが、その途中、上からたたき伏せられるように振り下ろされた合金の棍に絡め取られる。
「悪いねクモ公。勇璃はあたしと二人揃って初めて一人前なんだ。だから、勇璃の背中には常にあたしがいる。覚えときな」
「姉さんッ!」
「ここは任せとけ、あとはあたしがやる」
知瑠は不敵な笑みで挑発するように手招きをする。
しかし、あからさまな挑発に反応することもなく。攻撃が失敗したかと判断すると、頭上に高く聳えるビルの頂上に向けて糸を吐き出し、大きな音を立てその場から離脱する。
右往左往するだけの本来の蜘蛛の性質と違い、“獣”としての危機感知はあるようだった。
「はっはっは。賢明だ。けど、勇璃相手じゃなきゃ逃げられると思ったかな?」
そう笑いながら、合金棍をビルとビルの間に真横垂直に構える。
「伸びろ、瑞獣棍ッ!」
知瑠がそう叫ぶ。その声に呼応するように発光すると、元はただの長い一本の合金棍だったものが多節棍の様に四つに分かれ、それぞれ、緑、赤、黒、白に色彩が変化する。そのまま横に伸びた瑞獣棍はビルとビルに突き刺さり、橋渡しの様になる。
知瑠は片手だけで逆上がりをするように瑞獣棍を握ると、棍が縄のように撓んだ。それは大縄跳びのように何度も何度も回転し、遠心力を溜め続ける。
「縮まれっ」
どうやら瑞獣棍は伸縮性を自在に切り替えられるようで、身体が上空に振り切るタイミングでそう叫ぶと、同時に棍が縮む。宙に投げ出された小さな身体を、溜まり溜まった遠心力により、ものすごいスピードで上空へと運び上げる。
その高さはビルよりも高く、途中壁を蹴り方向を調節した知瑠の姿は、離脱した大蜘蛛の上空を正確に捉えていた。
「知ってるか?四神の一つ、青龍ってのは逆境を乗り越える力を象徴してるんだそうだ。すごくカッコいいよな。ほら、うねりながら天に昇る姿ってのはどんな困難にも立ち向かう様に視えないか?」
蜘蛛は答えない。当たり前だ。人間ではないのだから。
近くで視ると想像以上に大きかった。その巨体は三メートルに迫るだろう。知瑠は他の個体をしっかりと確認していないから解らなかったが、よく視れば姿形も他の個体とは違い、凶悪で強固な装甲に包まれていた。つまりは、コイツが親玉なのかもしれない。
「ははっ!こんなことを言ってもお前には解らんか。風を切るのがつい気分良くてな。許してくれ」
今は気分が良い。食後ということもある。勇璃の活躍も視れた。そしてなにより、勇璃を助けることが出来た。面倒事は嫌いだが、勇璃の為なら面倒に思う事など何もない。
口ではいつも愚痴をこぼすが、それはご愛敬。最愛の妹といっしょにいられるのならお釣りがくるくらいだ。だから、最愛の妹との時間を邪魔する奴には容赦は掛けない。
ま、こんなこっぱずかしい事、素直に口に出来ないがね。
あたしは撓る様に瑞獣棍を振りかぶる。
すでに高さの限界を迎え、あとは落下するだけ。だから、その自由落下に任せて思い切り振り切るだけだ。市民の安全を脅かす悪鬼に慈悲も情けも必要ない。たとえそれが、あたしのエゴだとしても。
身体を捻り、何回転も回転させ、重力と膂力に遠心力を掛け合わせ思い切り振り切る。それはかつて、この街を襲った巨人の魔獣を屠った必殺の一撃。
「龍楼一筆__金輪ッ!奈落ッ!」




