老紳士の忠告
「そ、そうでした!ついうっかり姉さんに流されるところでしたっ!」
「えぇ?あたしのせいなの!?」
ダメだ。横から入ってやらないと、この二人は延々とバカみたいなコントを繰り広げ続けるだろう。
「おいコラ。結局てめえら何がしたいんだよ?くだらねえコントの練習ならカラオケにでも籠ってやれよ」
「だ、ダメだよ風ちゃん!この人たち警察だし、そんなこと言ったら逮捕されちゃうってっ!」
風ちゃんは頭に血が上ると、自分を抑えられなくなっちゃうことがある。
あたしは気がついたら人が増えていて事情がまだよく分からないんだけど、止めなきゃいけない気がしたから、とりあえず風ちゃんの腰に抱きついた。
「ちょっとした世間話ですよ。断じて喧嘩などではない。警察官のお二人の手を煩わせるようなことは何もありません」
初老の男性は物腰柔らかにそう言うと、優雅な仕草で一礼する。
「一触即発、という雰囲気でしたけど、本当ですか?あなたはまだしもそちらの男性、興奮していられるようですが?」
厳しい目を向けられる。どうやらこの騒動の発端は風太であると思われているらしかった。
「っち!わーった、わーったよ。オレもちょいと色々あって頭に血が上ってたんだよ。問題ねえ。アンタらが絡むと余計に大事にならぁ」
周りの気に当てられてか、風太は徐々に頭が冷え始め、納得は行かないものの、この場を収める方向に切り替えることにした。
「そうですか。分かりました。また何かあれば直ぐに駆け付けますので。よろしくお願いします」
再度敬礼をして去っていく。知瑠と呼ばれていたぼさぼさ髪の女性はお尻を掻きながら、去っていく勇璃に続くように、ウインクをしながら片手で騒がせてごめんよと謝罪を入れながら去っていく。姉妹であることには違いなさそうだが、性格は正反対の様だ。
「……」
しばし沈黙が流れる。その沈黙に耐えかねて、あたしが口を開こうとした時だった。
「どうやら私の誤解だったようですね。とんだ早とちりでした。申し訳ありません。職業柄不義理を見過ごせず、軽率な振る舞いをしてしまいました」
そう深々とお辞儀をした。
「申し遅れましたが、私の名前はリアム・スイートマンと申します」
リアムは再び軽くお辞儀をしながら穏やかな笑みを浮かべた。彼の落ち着いた態度と品のある振る舞いから、彼が本当に誤解をしていたのだと確信する。
ひとまず誤解は解けたようだが、本当の意味では解けていない。リアムはまだ千寿流が小銭を拾っていたと勘違いしているだろう。
千寿流たちはその後、ちゃんと事情を話し、本当の意味での誤解を解くと、打ち解け何気ない会話を交わした。どうやら、仕事についてはもう定年退職しており、バッグを片手に旅行をしながら、不義理を見かけては正す、世直しの真似事をしているのだという。
「しかしアンタ、疾えんだな。正直ビビったぜ」
「いえ、この老体ですよ。もう齢は六十を超えております。貴方の様な青年に敵う道理もないでしょう」
六十歳?正直見えない。もちろん良い意味。若く見えるといった意味でだ。顔はもちろん、その背筋の伸びた姿勢の良い佇まいがそう感じさせないのだ。
「ともなれば直ぐに思い至りますでしょう。異能ですよ」
「んなことぁ分かってるよ。オレが対面から背後を取られたんだ。その異能について行けるアンタが疾いって言ってんだよ。深い意味は無え」
リアムはハットのつばを掴み整える。それだけで何も言い返すことは無かった。
「風太青年。蛇足とは思いますが最後に一つだけご忠告を」
「?」
「いえ、心当たりがないならば、老人の戯言とそのまま聞き流していただいても構いません」
風太が怪訝そうな顔を返す。
「先ほど、千寿流さんにしがみ付かれたとき、何を感じましたか?」
ドキリとした。
気持ちも落ち着いている今は感謝している。暴走しそうになっていたオレを止めようとしてのことだ、感謝以外ない。けれど、あの時、頭に血が上っていたあの時はどうだった。結果的に踏みとどまったが、もしかしたら感情に任せて振りほどいていたかもしれない。それはオレの性質。オレの悪癖だ。
そういやいつかの時もそうだったっけか。
「これは私の持論ですが、子供は未来の宝です。もしその時の色が仮に、煮えたぎる様な赤色なのであれば、君はいつか道を踏み外すでしょう」
「……」
「まあでも、君の場合、あれこれ悩んで自分の色を曇らせるのはお勧めしません。自分の気持ちに素直になるのは、何も間違いじゃないですからね」
自分の気持ちに、素直にか。耳が痛い話だ。
「あともう一つ。先ほどの二人、今新進気鋭の警察官の方々でしてね。まだ若いですが、彼女ら姉妹は関わった案件を全て解決に導いていると聴きます。中には魔獣の暴走を鎮圧したこともあるとか」
アイツら、ぼけぼけコンビかと思ったが、そんなにすごい奴らだったのか。人は見かけによらねえな。
「何が言いたいんだよ?」
「解りませんか?君は食って掛かろうとしていましたが、あのままだったら逆に取り押さえられていたでしょう。そもそも警官に反抗するのが間違いですが、私は力量を測る眼を鍛えるべきと言いたいのですよ。君はそこまで弱い人間ではないと思いますから」
諭すような口調でそこまで言い終わると、紳士は再びハットを被り直し一礼をした後、踵を返し去っていく。
その背中を黙ったまま見送る。何も言い返すことが出来なかった。言い返す権利も資格も無いと、そう感じたからだった。




