勇璃と知瑠
「ッち!」
反射的にその腕を払い、距離を取る。こと純粋な疾さで自分が負けるわけがない。だから、これは異能。何かタネがあるだろうと思った。先日のフードの女。フェルメールの話ではメルルとか言ったか。このオッサンといい、こう自身の異能を否定されると正直へこむ。
「なんて言ってられねえか」
虚を突かれた。異能で上回られた。純粋な疾さでの負け。どれを取ったって言い訳にしかならねえ。対人間ならいざ知らず、魔獣との相手で情けは貰えねえ。上回られたのならそれは即ち死。
あの遺跡の魔獣。フェルメールの力が無ければ脱出する事すら困難だっただろう。
だから、言い訳はいらねえんだ。
「ほう、判断が疾いですね。得体の知れない能力。底の視えない相手。とりあえずの動作として距離を取るのは正解です。けど、距離を取る暇、その時間、相手が自身と同じ、もしくはそれ以上の疾さで動けたのであれば、距離を取る意味はまるで無いと考えられませんか?」
「ッ!?」
その初老の男の言葉を理解した時、既に男の姿は目の前にはない。
「ほら、時間は皆、平等なのだから」
その声が後ろから聴こえた。
ゆっくりと伸びる腕が優しく肩に置かれる。先ほどと同じ状況。何一つ変わらない。次の手を考えなければいけない。考えなければ、また負ける。そう考えていた時だった。
「はい!そこの御二方!そこまでですッ!」
通りに制止の声が響く。遠くからでも喧騒や、吹き付ける風に搔き消されないような通りの良い声だ。
女性の声、敬語。そして、声をかける理由。風太はその声を一瞬アリシアと勘違いしたが、声色が違うことに遅れて気づく。二人のやり取りには気がつかず、自動販売機の下に転がった缶ジュースを未だに探し続けていた千寿流も、その声には気がついたのか、砂で汚れた顔を払いながら立ち上がる。
そこには警察官だろうか。いかにもな格好をした長身の女性と、制服を着崩した、ぼさぼさ頭の小柄な女性が立っていた。
長身の女性は櫛目の通った長めのショートボブ。栗色の髪と瞳。きりっとした表情に映える警官服、掲げた手には警察手帳のようなものを持っている。みた感じ、二十行くか行かないかという年齢ではあるが、もしかしなくても警察官なのだろう。
短身の女性はぼさぼさの長髪を後ろでひとまとめに結っている。髪と瞳は全く同じの栗色。もしかしたら姉妹なのかもしれない。しかし、肝心の警官服は肩を露出するまで着崩しており、インナーはスポーツブラの様な丈の短いタンクトップ姿だった。ちなみにさらに幼く視える。こちらは警官か疑わしいレベルだ。
「なあなあ、勇璃。どういう状況か一見してからでもよくないか?藪蛇になりかねんぞ、おい」
「ね、姉さんは黙っていてくださいっ!あ、あと仮にもわたしの方が上官なんですから!そ、その、呼び捨てはお止めになったほうが良いかと。わ、わたしは思います」
どうやら、あのぼさぼさ頭の女性の方が姉ということらしい。世間ってのは不思議なことだらけだな。
「ふーん、じゃあ、川路警部補」
「川路は姉さんもでしょう!?というか他の人で警部補なんて呼んでいる人、見たことありませんよ!?」
「じゃあ、どう呼べばいい?勇璃が決めていいよ」
短身の女性が意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。おそらく、こう言われることに困惑することを知っているのだろう。
「え、それは、その。ど、どう呼んでもらえば正解なのでしょうか?あ、えっと。あなたは分かりますか?」
困り顔でそう言って声を掛けられたのは初老の男性。おそらく勇璃と呼ばれている女性から、一番近い位置に立っていたからだろう。完全な巻き添えである。
「え、私ですか?そうだね、何やら複雑な関係性のようですが、呼び捨てでもいいんじゃないですか。少なくとも私は気にしない」
腕を組んで少し考えた初老の男性は、出来るだけ穏便に事を済ませようと、当たり障りない返しをする。
「ほら、殿方もそう言っている。今までもそうだったからいいじゃないか。それにそれ言ったらさ、勇璃も姉さん呼び、止めたほうが良いんじゃないの?部下に姉さんとか、無いでしょ?」
「それは、そうですね。では、知瑠、姉さんと」
「いや、それ変わらんし。そこは知瑠だろ?所詮勇璃には無理なのさ。自然体でいいじゃないか。そのほうがあたし達らしいぜ?」
ズビシと切れの良いツッコミが勇璃に入れられる。あたふたしている様子を見るにボケとかではなく天然の様だ。
「そう、ですね。分かりました。御二方、お騒がせしました!それでは本官はこれにて」
なにやら自身の中で納得が行ったのか、そう言うと、姿勢を正し敬礼をする勇璃。
「いやいやいやいや、そっちが本題!?二人の喧嘩を止めるんじゃなかったの!?」
知瑠がすかさず返す。その様子はまるで長年連れ添った夫婦漫才の様な自然体で行われる。突如として現れた、警官二人によって目の前で繰り広げられる茶番について行けず、風太は頭を抱えていた。何だこの出来の悪いコントは。頭が痛くなってくるぜ。




