人外VS人外4
――そう月を見上げながら。
簡単な話だ。単純な違和感。鈴虫は夜行性。昼の間は草むらに転がった石や枯れ木などの下で過ごしている。昼間でも鳴かないわけではないが、それは気候が落ち着いているときだけだ。まだ残暑を感じさせるこの時期に、鳴くことは無いと言ってもいいだろう。
夜深は時矢に気づかれないよう、指先を軽く曲げ交差させる。その合図に呼び寄せられるように地面の影を伝い、厚さ一ミリにも満たないほど薄く透明な、夜のベールを身体に纏わせる。
「ははっ、自分、やっぱり食えへんな。何で気づいたん?」
後ろから時矢の声、頭に違和感がある。恐らく手のひらで掴まれているのだろう。
(あれ?あのメガネ、いつ戻って?)
どうやらまだ、一生に一度の悪夢のような時間は終わっていないようだ。
「ふふふ、君とはそれなりの仲なんだ。君の考えていることぐらいはお見通しだよ」
「寒いねんお前。どうにかせえよ、キショいわホンマ」
振り返る夜深の目の前には、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた時矢が立っていた。
先ほど踵を返し、この場から立ち去った時矢がなぜ後ろに立っているのか、理解は出来ないことは多いが、ここに立っていることだけが事実。それ以外何も言うことは無いだろう。
(けど、どういうことや?大抵のヤツは脳みそん中手ぇ突っ込んで、ちょいと弄くってやったらぽっくり逝くんやけど、なんやろな、上手く入れんかった)
「君の考えていることはお見通しって言っただろ?君と同じ、性質を変えただけの話さ。君の干渉できる物体はあくまでも形作られた“この世に存在する物質”と定義されるものだけだ」
「……」
「難しい話だね。言い換えようか。要するに君の理解が及ぶものだけに限定される。君の知識と想像で補完出来ないものには一切干渉できない。だろ?」
「なるほどな。今のお前さんは何らかの異能によって体の構成物質を造り変えとるっちゅーことかいな。ほんま恐れ入るわ」
時矢には夜深の纏った薄いベールの正体は看破できていないが、何らかの能力で性質を変化させていると予想した。
「そうなると見えてくるよね。君のタネ。その能力」
「答え合わせと行こか?」
「君の能力。それは自分が展開した一定の空間内にある物質の性質を造り替え、装飾する能力。だから、自身を不死身に作り変えることも他者の人体の内側にも浸食できる。人間の中身なんてどれもいっしょ、そこらの本を読めば理解できるからね。違うかな?」
沈黙。時矢は何も答えない。肯定も否定もしないその様子に、夜深が思い至った答えは正解していると確信する。
「オモロないな、自分」
しばらく沈黙が続いた後、小さく、誰にも聴こえないような声量でぼそりと呟いた。
「答え合わせばかりの授業はオモロない。決まりきった一つの答えを、向かうべき目的を、ただこうだと決めつけ、押し付けるんは、酷く空虚や」
「君、何を言ってるの?」
「俺らは自由やないんか?なあ、鬼竜院!?立って歩いて、自分の意思で何かに向かって歩いとる!その向かう先は人それぞれ違うて、どれもが正しい答えやろ!?」
そう身振りを加えて叫ぶ。急な昂り。夜深には時矢が何を言っているのか理解できなかった。異能の答え合わせだったはずだ。
能力は皆決まっている。天賦にしろ覚醒にしろ、それは天からの贈り物と呼べるもの。それぞれが自分の意思で、自由に変えられるようなものじゃない。ファッションみたいにその日の気分で、好きに付け替えられるようなものじゃないのだから。
夜深は考える。時矢にも何か想いがあって、自分が答えを示した際、その何かを刺激してしまった。だから、感極まってしまったのだろう。
「なあ、鬼竜院。俺には分からん。だから訊いてもええか?」
そうして項垂れる。情緒は酷く乱れているようだった。
「いいよ」
「おおきにな」
顔を上げ、そう答えた時矢の声は酷く弱々しかった。敵意も覇気も感じない。もしかしたら今ならば何の抵抗もなくその命を掴み、握り潰すことが可能なのかもしれない。




