人外VS人外2
時矢が腕を振ると、突如現れた水晶の様な突起が飛び交い、夜の空間に楔が撃ち込まれる。
「熾天の楔、ダイアグラム」
そう時矢が呟くと、楔を起点に空間に罅がいくつも走る。罅のサイズには波がある。大きく割れる場所もあれば、殆ど傷がつかない部分もあった。
「どんなイカつい力やとしても、空間には境界が遍く存在する。強度が在る。その間隙、縫う様に針を差し込んでやれば」
痲宮殿に身体を侵され、既に人と呼べないほどの異形に変形しながらも、時矢は残された頭蓋で喋り続ける。
罅に重なる様に水晶がいくつも現れ、空中に幾何学模様を創り出す。それが弾け、浸食されていた夜がガラスを割る様に明ける。痲宮殿が崩壊したのだ。
「夜斑」
明けた空、降り注ぐ太陽を遮る様に映るのは黒い影。その影は一直線に時矢に向かい、真っ黒に染まる拳を振り下ろす。
「拡がる光閃、アステロイド」
痲宮殿が破壊され、何をしたのか瞬時に復元した時矢がそう呟く。
時矢の前方にある何の変哲もない地面に模様が浮かびあがる。すると地面が盛り上がり、星芒形に煌めく光の粒子が弾け合いながら黒い影を焼き尽くす。
それだけではない。時矢の後方、崩れていく痲宮殿が人型に姿を変えながら何十人にも増え、奇襲を仕掛けようとした夜深の形をした黒い影をも諸共焼き尽くす。
これは痲宮殿の派生技だ。おそらく夜斑と呟いたのは前方に意識を誘導しようとしたからだろう。しかし、時矢はそれを一瞥せずとも対応して見せた。
お互いまだ小手調べといったところだが、他に介入を許さないような人外同士の戦いを繰り広げていた。
「やるね十方くん。やっぱり強いや」
「抜かせ。オモんないねん自分。本気で来いや。じれったいのは好かん」
「じゃあ、遠慮なく。深傘 死響川」
夜深がそう呟き地面に両手をつける。
両手を中心に地面は黒く染まり、一面を黒で染め上がる。どこまでも拡がり続ける深淵は、辺り一面を塗り替える様に染み出していく。
それは、木々、街並み、砂粒一つ残さず覆いつくしていく。当然、踏み場などは無い。足元から飲み込まれるような感覚に堪らず、時矢はその場から離れるよう軽快に飛び上がり、手ごろな建物に飛び乗る。
高さのある建物すらも浸食の対象ではあるようだが、眼下の地面に広がっていくほどの速度は無い。どうやら、縦への浸食速度は高度が上がれば上がるほどに遅くなるようだ。
「なんやこれ?地面が沈んで行きよる。それに」
眩しい。ちなみに、ここは建物も疎らな閑静な郊外ではあるものの、当然の如く住民は住んでいる。しかし、両者の激しい異能のぶつかり合いを聴いても誰からも反応はない。
それもそのはず、ここら一帯に住んでいる住民は、夜深が最初に発動した愚淨真臧痲宮殿により、全て音もなく死に絶えてしまっていた。おそらく、亡くなった人たちは自分が死んでしまった事にすら気付いていないのだろう。
住民からしたら堪ったものではないが、今の夜深にとって、そのような配慮をする考えは一切なく、自己の目的が一番の優先事項であり、どこの誰かも解らない人間の命の行方など興味は無かった。
「悟れば浄土。どんな煩悩も燃え尽きて消える」
夜深が天に向かって指差すと、それに釣られるように時矢も上空を見渡す。そこには空を紅い雲が覆いつくす煉獄の景色が拡がっていた。先ほどからやけに、眩しいと感じていたのは太陽よりも紅い、炎の雲が空を覆いつくしていたからだったのだ。
「そして、人はその身を清め、新たなる地へと辿り着く」
ぽつりぽつり。降り始めた雨粒は次第に大雨に。土砂降りの雨の如く、降り始めれば勢いは止まらない。紅い雲から炎の雨が絶え間なく降り注ぐ。雲の直下、辺りを全て焦土と変えてしまうと思われたが。
「よう分からんな。ヘキサグラム」
――ガコンッ。脳髄に直接響く、巨大な歯車の駆動音。
その音とほぼ同時に、時矢の足元に六芒星が浮かび上がり視界がブレる。この世界ごと、何重にも重なった時空の層が大きくずれ、歪んだような錯覚を覚えた。




