石柱の檻
地面という動くはずの無い部分が不安定に動く。それは地面諸共あたしの心を揺さぶり続ける様に、グラグラと。
突然浮かび上がった幾何学模様。
赤い線。悪夢のような赤。
その赤い色を視て想起する。想起せざるを得ない。
人間の動脈を。脈々と流れる血流を。心を捩じられるような不安を。
だってそれはまるで“魔獣の黒い身体に浮かび上がった線みたい”だったから。
振動が徐々に大きくなる。これは地震じゃない。だって出鱈目だ。P波とかS波とかそんなの関係なく、横に縦に。まともに立っていられない程に。
「ちずちず!わたしの武器に掴まって!」
「へ?なに?」
「早くッ!」
その言葉に急かされ、飛びつくように掴まる。これから何が起こるのか。たぶん、あたしは理解できている。ただ、気持ちがついてこない。理解したくないって駄々をこねているだけなのだ。
「ちずちず、わたしが合図をしたら力を抜いてください!大丈夫ですっ、わたしを信じてっ!」
「う、うん、わかった!」
アリシアは術式棍を振りかぶる。その衝撃に千寿流は振り落とされないよう精一杯の力でしがみ付く。恐らく一行が遺跡だと思い込んでいたものは、地中に潜んだ超巨大な魔獣の一部分だったのだ。
地中の中にいる魔獣の大きさは地上からでは判断できない。が、風太は自分の異能の力があればその範囲外に逃れることは容易いと考えていた。
もちろん、自分だけ逃れようとは思っていない。千寿流とアリシア、どうにか二人を抱えて脱出しようと考えていた時だった。
「風太っ!範囲は分かりません!ちずちずの事、お願いしますっ!」
「おうッ!」
アリシアからの言葉。恐らくアリシアにはあの魔獣から身を守るだけの何らかの策があるのだろう。そう言葉を瞬時に噛み砕き、理解すると同時に突き飛ばされるように駆けだす。
思い切り振り上げられる術式棍。
「ちずちずっ!」
その合図に合わせてしがみ付いていた手を離し、力を抜く。必然、投げだされる身体。千寿流は地に足の着かない浮遊感に恐怖を感じ、硬く目を閉じる。
「ッ!馬鹿力がよッ!」
アリシアの膂力、千寿流の体重の軽さも相まって思っていたよりも速度がつき、遠くに投げ出されていることに気づき、風太は力を籠め、出来るだけ衝撃を緩和できるよう速度を合わせながら抱き留める。
「ふ、風ちゃんっ」
「おう。フェルメールのヤロウは」
どごおおおおおんッ!
その瞬間、アリシアのいる方で大きな爆発音が響き渡る。
二人が息を飲み、心配そうに見守る中、砂嵐の中に黒い影が視えた。その影はゆっくりとこちらに向かってくる。
「ふぅぃー、間一髪ですね♪」
そう言いながら全身真っ黒に塗れたアリシアが、抱えていた棍を地面に下ろす。宝石魔術を使った際の爆発に自身も巻き込まれたのだろうか?口や鼻から黒い煙を吹いており、どう見ても間一髪ではないのだが。
「正直手ごたえは無いです。だからまだ終わってません。ひとまず逃げようと思うのですが――」
「どうやら無理みたいだぜ?」
風太が親指で差した方角に目をやる。
そこには遺跡の魔獣を中心に円を描くように石柱が隆起し、退路が塞がれてしまっていた。また、石柱は魔獣同様に赤い幾何学模様が彫られており、赤く発光していた。
「さっきよりも暑いな。つまり、この閉じられた空間の気温が上昇し続けていたのは、周りを囲んでいる柱が熱を発していたってわけだ」
遺跡からでは周囲の柱は砂に紛れて視認できなかった。してやられたというわけだ。
「そ、そんなっ!あたしたち、閉じ込められちゃったの!?」
閉じ込められたという事実に、身体を滴る汗のことなども忘れ、アリシアに抱きつく千寿流。
「あのバケモンをぶっ潰さないと出られねえってことかよ」
ズシンズシンと等間隔に後方から鈍い音が響く。恐らくあの巨大な遺跡の魔獣が地上に上がり、こちらに向かってゆっくりと近づいてきているのだろう。迷っている猶予は多くない。
「心配いりませんよちずちず。わたしがこんな壁ぶち壊してあげますから!」
アリシアは千寿流をゆっくり引き離すと、術式棍を再び肩に担ぎ、熱を発し続けている柱に向かって歩いていく。
「二人とも、離れていてくださいよ」
そう言われ距離を取る。
「せーの、ライブゲイザーッ!」
ライブゲイザー。
強固な鎧を持った砂トカゲの魔獣を一撃で葬ったアリシア必殺の一撃。百キロを超える術式棍に、宝石の炸裂による相乗効果で超打撃を可能とするこの技ならば、目の前に聳え立つ漆黒の柱も破壊できるだろう。
「けほっ、けほっ」
衝撃により吹き付ける砂が目と口に入って、たまらず咽てしまう。
「あ、見てっ!二人とも!」
流石の破壊力と言わざるを得ない。梃子でも動かないと思われていた強固すぎる石柱が爆発によって抉り削られている。あと一発でも同じ火力をぶつけてやれば跡形もなく吹き飛ばせるだろう。
と、思ったその時だった。
ゴゴゴと、地響きを立てながら、まるでサメの歯が生え変わるように地面から新たな石柱が出現し、何事も無かったかのようにそこに置き換わる。
「っち」
「これは参りましたね」
そう言いながら二人は振り返り、魔獣のいるであろう方向を睨みつけるのだった。




