無力感
「なるほど、あの視線の主は風太のほうに行っていましたか。まあ、やはりというか、突然気配を感じられなくなりましたからね。そうだろうとは思っていましたけど」
「ああ」
砂に紛れた月明かりが淡く足元を照らす。時計の針が今日の終わりを指し示そうとしていた。
風太とアリシアは先に眠ってしまった千寿流を室内に残し、バルコニーで今日の出来事を報告し合うことにした。
「けど解せないですね。てっきり、視線の主はちずちずを狙っての事だと思っていましたが風太ですか」
設置されている背もたれ付きの椅子に腰かけたアリシアは、離れて月を見上げている風太の全身を舐めまわすように観察する。
「風太、もしかして過去に人様に言えないようなことしちゃってたりしてませんか?」
「してねえ。とは言い切れないな。魔獣狩りなんだ。オレの知らないところで勝手に恨みを買っちまってる、ってことが無いとは言えねえ」
そう言いながらどこか遠くを見る風太を見て、もしかして昔、取り返しのつかないような、そんな何かがあったのだろうかと思うアリシアだった。
「けど、こと今回に関しては恨み復讐ってわけじゃないと思うぜ」
そう言いながら風太はこちらに向かって歩き、空いている椅子に腰を下ろした。
「どうしてそう言い切れるんです?」
「どうしてもこうしてもねえよ。会話したって言っただろ?ありゃオレに恨みを持ってるやつの反応じゃねえよ。べつに野生の勘とかじゃねえ。誰でも同じ反応だぜ」
椅子に座り気が付いたのだが、テーブルにポテトチップスの空袋が二つ置いてある。うすしおとバーベキュー。しかも、風で飛んでいかないように重し代わりにミカンが二つ置いてある。風太がアリシアの口元を見てみると、ポテトチップスのカスのような物が付いているのが確認できた。
「おい、お前」
「なんですか?」
「食生活に気を遣ってねえオレが言うのも何だが、この時間にそれはどうなんだよ、おい」
「大丈夫です!わたしは動きますからね!カロリーの摂取量が消費量を上回ることはありません!」
ケロリとして答える。悪びれもない。なるほど、食生活を改善する気は無いのだろう。過去にも何人かいたが、こういうヤツには何を言っても無駄だ。太く短くを体現する様な人生を送るのだろう。
いや、待て。耳の長い種族は特別カロリーの消費量がとんでもなく高く、定期的にカロリーを摂取しなければいけないのかもしれない。そう仮定すれば何もおかしくない。
「どうしたんです?そんなじっと見て。もしかして、わたしに惚れちゃったり?初めて逢った時からときめいてましたっ!なんて!えへへ~、困っちゃいますね~」
プニっとしたお腹と太めの太ももを見る。くびれはあるがどう考えてもぽっちゃり体型。思えば今日こいつは常に何か食っていた。カロリーの消費は多いか知らないが、こんな生活を続けていたら痩せることは無いだろう。
まあ、顔立ちは悪くない。もう少し痩せていればモテるだろうと漠然と思う。どうやらオレの勘違いみたいだな。
「フン」
「あー!あーあーあーっ!何ですかその態度ッ!分かりますよ!ええ分かります!その嘲笑的な鼻笑い!どうせ内心、太ってるくせに夜にポテチ食ってんじゃねーよ、とか思ったんでしょう!?」
合ってる。細かいニュアンスは置いておいて、ほとんど同じ意味だ。太り気味、食べ過ぎだという自覚はあるみたいだな。
「うるせえよ。てっぺん回ってんだ。締め出されるぞ」
そう言いながらオレは室内に戻るため腰を上げる。
「ちょ、ちょっと!どうでもいい話は置いておいて!結局どうなんです!?」
「あ?」
「ちずちずのことです!また今日の女の人に狙われたらっ!」
その話か。
正直分からない。
自分より強い敵。遥か高み。対峙して押し付けられる生き物としての上下関係。
オレがヤツに勝つビジョンが視えなかった。あの刹那的な攻防のやり取りで、二十、いや、三十は先を予測した。搦め手、フェイント、不意打ち。人として憚かられるような卑怯な勝ちも予測した。しかし、その全てでヤツはオレを上回ったのだ。
それは敗北。戦いに身を置いているオレだから解る、圧倒的な実力の差だった。
そんなヤツがもし千寿流の命を狙ってきていたとしたら。オレには守ってやれる自信、いや、自信とか曖昧な言葉じゃなく、術がない。
だから、取れる手段はオレより強い人間に代わりに守ってやってくれと頼み込むことぐらいしかない。それぐらいしか今のオレに出来ることは無い。




