火照った身体と相棒への感謝
「風ちゃん?」
「あれ、本当ですね。でも何やら様子が――」
「行ってみよう!アリィちゃん!」
確かに風太の様子は遠めから見ても少し変だった。外に設置されたベンチで、首を上に向けた状態で顔にタオルをかけている。どこか体調が悪そうに見える。
「風ちゃん、大丈夫?」
千寿流は一瞬寝ているのかなと考えたが、どうやらそうではないらしい。彼女の声に返事をするように顔に被せてあるタオルを取る。
「なんだお前ら、もう人探しは済んだのかよ」
「もう済んだって風太の方はどうなったんです?いや、ごめんなさい。そうですよね、顔を見ればわかります。まだ収穫は無し、という感じですかね」
アリシアは目配せで風太の現状を聞き出そうと思ったが、千寿流が目の前にいるこの状況ではそれも無理だろうと考え、すぐに話を変えることにした。
「ああ、サッパリだ。今日はもう日が暮れる。さっさとどこかに入って休むとしようぜ」
風太はそう言いながら立ち上がり、ついて来いといわんばかりにスタスタと歩いていってしまう。
「アリィちゃん?」
「まあ、風太の言う通りですね。もう夜も更けてきましたし、出歩く人も減ってきました。ちずちずと同じくらいの子を探すなら明日にしたほうが良いかもしれません」
「そっか。うん、わかった。そうだよね、アリィちゃん、手繋いでもいい?」
「ええ、もちろんですよ!」
今日は二人とも少しおかしい。心ここに在らず、といった感じだ。
平塚市はこれまでみたいな気候じゃなくて、砂が舞い続ける常に悪天候な場所だ。黄砂対策にジャケットを強要されるし、それが思わぬストレスに繋がってしまっているのかもしれない。
確証とかそういうものは無かったが、千寿流にはなんとなくそう感じたのだった。
「酒は良いね。嫌なことも楽しいことも全てを包んでくれる。まるで異世界に迷いこむように、酔い潰れ、狂うまで飲んで、この幸福感をとことん突き詰めたい」
「はぁ」
わざとらしく溜め息を吐いた。たぶん隣にいる吞兵衛には何の意味も無いと思うけど。
「なあ、初。あのお兄さん。けっこう男前だったよね。それに、度胸もある。覚悟は、まだ分からないけど、対面して、会話をして、拳を交えて、悪くない。そう感じたよ。その証拠にほら、こんなに酒が美味い」
酒が美味いからなんだというのだ。これだから酔っぱらいは嫌いだ。
とあるバー、室内だというのに頭からフードを被ったままの影が二つ。片方はフードの部分を除いて百七十センチぐらいか。しかし、もう一方の影、初と呼ばれた少女はその胸元に頭が届くか届かないか程度しかない小柄、というよりは子供のようだった。
「あなたが一見の他人を褒めるのあんまり聴いたことが無い。だから、本心なんでしょうね」
「もちろん、アンタには嘘吐かないよ」
長身の影が持っていたグラスを置くと氷が融け、カランと音を立てる。
「何それ。嘘吐かないって言ってる時点で嘘吐きじゃない。あたしの相方は必要な嘘程度も吐けないような無能なの?」
「手厳しいね。そんなにあのお兄さんを褒めたのが気に食わないかい?」
「別にそんなんじゃない。ただ」
「ただ?」
「ただ、分からなくなっただけよ」
少女は俯き、誰にも聴こえないようなか細い声でそう呟いた。
「あたしはアンタの味方だ。そりゃ、何にでも手を貸してやれるかっていられたら無理。あたしの腕は二つしかないからね。けど、心は違う。いつだって全力でアンタの味方なんだよ」
少女が顔を上げる。よく見ると少し頬が赤かった。口籠り、何か言おうとする。
本心はお礼。色々話足りない事、聴いてほしいことは他にもいろいろあるけれど、まずはそれが言いたい。いっしょにいてくれて、隣で共に悩んでくれて、あたしを視てくれてありがとう、と。
「よ、よく、そんな恥ずかしいこと真顔で言えるわよね。ドラマの見過ぎよ」
少しの間を置いて、ようやく口から出たのは照れ隠しのそんな言葉。
違う。こんなことを言いたいんじゃない。
お礼ぐらい、いつもなら何気なく返せるのに。肝心な時に詰まって余計なことを言ってしまう。こればかりはいつまで経っても成長しない。あたしが嫌う、等身大の子供のままだ。
「恥ずかしくない。本心だからね。真面目だから恥ずかしくないんだよ」
「……」
思っていた反応と違い面食らってしまう。やばい、顔が、体温が、どんどん上がっていくのが自分でも分かる。
あたしは氷の融けだしたグラスを手に取り、火照った体を冷ますために、氷ごと一気に飲み干した。
「おおっ、ワイルド」
ちなみにお酒じゃない。ただのミルクだ。あたしは未成年だし、たとえ成人してもあんな下らない飲み物は飲むことは無いだろう。本人だけ良い気になって、周りに迷惑ばかりかけている酔っぱらいなんかを見ていると無性に腹が立つからだ。
「ちょっと、おトイレ行ってくるっ!」
そう言うと、あたしは逃げ出すように店の外へ早歩きで向かう。
こんな氷如きじゃあたしのバグった体温は一向に下がってくれない。ちょっとばかり、一人になって熱も気持ちも冷ますとしよう。
「気を付けなよー。って、あらら、おトイレって。店内にあるのに。あははは」
女はバーのマスターと笑い合いながら、去り行く小さな影を見送り、物足りなさそうにグラスをカラカラと揺らすのだった。




