風太VSフードの女3
頬を伝い滴る大量の汗が地面に跡をつける。
ぽつり、ぽつりと。
不規則に、リズムも情緒もなく、ただぽつりぽつりと。
状況は平行線。お互い怪我らしい怪我は無し。早い話がどちらの攻撃も相手に掠りもしていない。しかし、完全に対等な状況下かといえるとそうではない。
風太の息は乱れ、体中が発汗し、膝に手を付け、荒い呼吸を繰り返していた。
(クソ、何でだッ。何で当たらない。何発打ってもどの角度から打っても手ごたえそのものが無い。ただ、空を切るだけ。それに思えば戦意は切れてねえ。干渉系じゃないってのか?)
「!?」
「ほらよ。風邪ひいちゃうよ。それで汗拭きな。なに、変な薬を染み込ませてるとか疑わなくていいからね」
女が投げて寄こしたのは何の変哲もないスポーツタオルだった。
(当たりめえだろ。んな小細工なんか弄さなくても力の差は歴然だ。悔しいが手も足も出ねえ)
タオルで顔を拭く。拭いてから初めて気づく。少し鼻血が滲んでいた。
「分かったろう。君じゃああたしには敵わない。そして、あたしは君を傷つける気もない」
何度もチャンスはあった。当然、相手が攻撃の動作に入ればオレはそれに対して反撃、回避行動を取る。しかし、この女は一度たりともオレに対して攻撃を行っていない。
それで明白なのだ。お互い傷は無くとも、この戦いは既に決着がついてしまっているのだと。
「っち、どうしろってんだ」
オレは諦める様にその場に仰向けに倒れ込む。正直、立っているのも限界だった。肉体的というよりはいくらを打ちこんでも躱されるビジョンを刷り込まれる、という精神的なダメージのほうが大きかった。
「あたしの勝ちってことでいいよな。じゃあ、勝者の特権ってことで一つ訊かせてくれないか?」
卑怯な女だ。そこまで言われたら従わざるを得ない。この女、“そんな義理は無くとも答えてしまうだろう”というオレの性質をよく理解してやがる。
「君にとってあの少女。狐耳の少女はどういった存在なんだ?」
何だコイツ。さっきは関係ないとか言ったくせにいけしゃあしゃあと。隠す気なんてまるでないのか。
「命を救われた。だから、力になってやりたいと思った。それだけだ」
「へえ、命を。それはまた随分とドラマティックなエピソードだね。素敵な話じゃあないか」
「っは、言い回しが古臭えんだよ、アンタ。けっこう上か?」
「っ。忠告どうも。気を付けるよ。あと、あたしはまだ二十代前半だ。君とそう変わらないと思うけどね」
女の顔の眉間が僅かに寄る。冷静に取り繕うよう表情を作っているようだが、本音がその隙間から視えているようだ。なるほど、普通に怒れるわけだ。
「まあいい。で、お気に召した答えなのかよ」
オレは上体を起こしながらそう言った。
「ああ、十分だ。で、狐の子の隣にいたお姉さんは?彼女の素性について何か解ることはあるかな?」
隣の彼女。フェルメールの事か。正直フェルメールについては国家公認のトレジャーハンターってことしか知らねえ。あと大食い。あと露出過多。それ以外は知らん。
「特に何も知らねえよ。会って間もないしな。幸いその手の方面じゃちっとは名が売れてるみてーだし、調べりゃいくつか出てくるんじゃねえか」
「ふうん、そうなんだ。いや傍から視た時、君と彼女が夫婦で、あの狐の子がその子供に視えたもんでね」
「フン。何言ってやがる。もしそうだったんなら、アイツはデカすぎだろ」
「ははは、それもそうだ。じゃあ、訊きたいことも聴けたし、あたしはそろそろお暇しようかな」
名前も知らない女はそう言うと、踵を返しそのまま振り返ることもなく歩き去ってしまった。残されたのはアイツが投げて寄こした一枚のタオルと戦いに敗れた男だけ。
「畜生ッ」
拳が血に滲むことも厭わず地面に叩きつける。何の痛みもない。だから何度も殴りつけた。その痛みさえも、心を苛む敗北感が搔き消したのだろう。
もしアイツが千寿流をそのまま狙っていたとしたら、アイツにその気さえあれば、確実に殺されていた。
フェルメールがオレより強く、あの女に対抗できるだけの策が無いとも限らないが、千寿流とオレという足手まといを抱えながら戦えるほど甘い相手じゃないだろう。
負けていたのだ。あの女の気分、匙加減一つで。
なら、どうする?
そんなこと決まってる。
もっと強くならないといけない。あの女を圧倒できるほどの疾さと、力を。
オレは身につけなくてはいけない。




