平塚市
「なるほど、全て解けました。もうドロッドロ、真夏のアスファルトに落ちたアイスクリームのようにね」
表現が汚いな。それだとドロドロに溶けちゃって何も分からなくなっちゃったみたいに聴こえる。
「けど、記憶喪失、そして謎の手紙、異能名の分からない異能ですか。不思議な事ばかりですね」
「うん。けど、そんな顔はしないでほしいな。だって、あたし今そんなに嫌じゃないもん。風ちゃんがいて、今ここにはいないけど、シャルちゃん、クラマちゃん、夜深ちゃん、みんなすっごく優しい人なんだ」
記憶喪失の謎は知りたい。けど、それは怖いとかネガティブな感情から来るものではない。あたしはただ知りたいだけだ。
それに異能についても。あの異能を発動していた時、確かにキーホルダーを通して星ちゃんと繋がっているような気がしたんだ。
星ちゃんはもういない。
だから、いつまでもこんな気持ちを引きずっていたら、星ちゃんに“君はしかたのない子だな”って笑われちゃう。
と思うけど、この異能がなんなのか解明できて、しかるべき研究施設とかでその先をさらに究明してもらうことが出来たなら――
『もしかしたら』
そう思ってしまうのだ。
だからこれは決して後ろ向きの気持ちなんかじゃない。少なくともあたしはそう思うんだ。
「いいんじゃないですか?亡くなった人の声を聴けるかもしれない。十分な理由じゃないですか。それにわたしも……」
アリシアは小さな声で何か言いかけたようだったが、その声が千寿流の耳に届くことはなかった。
「えひひひ、そうかな。アリィちゃんにもそう言ってもらえると、あたし、間違ってないんだって思えるよ」
「まあ、ちずちずと同じ顔っていう、そのフードの子については不穏な気配がしますけど。それに記憶を狙う、ですか。少しきな臭いですね」
「きな臭い?」
「記憶を狙うって普通の表現じゃないですよね?だって、記憶なんて人それぞれの頭の中で完結しているものですし、狙ったからといって奪えるようなものじゃありませんからね。手紙に書いてある“鏡に映るあの子”は記憶を奪うことの出来る能力者と推定できますよね?」
「記憶を奪う。じゃあ、あたしは記憶を奪われた?」
「そこなんですよね。現状、ちずちずは記憶喪失。つまり、記憶が無くなっている状態です。そして手紙に書いてあったのは記憶を奪うという記載。これは“これからお前の記憶を奪ってやるぞ”と言い換えられます。ほら、矛盾してませんか?」
たしかに。アリィちゃんの言うことももっともだ。すでに記憶の無いあたしからさらに記憶を奪う。じゃあ、あたしがこれまで体験してきた冒険の記憶。パパやママ、学校のみんな、それにシャルちゃんたち。それらの記憶も全て奪ってやるということなのだろうか。
そんなの、耐えられない。
「でもまあ、悪戯。悪戯という線が一番でしょうね。手紙の主が記憶を奪うことで生命の維持や生計を立てていると仮定しても、わざわざちずちずから奪う理由になっていませんし。まあ、正直すっごく悪趣味な悪戯ですけどね」
「う、うん。そう、だよね」
暫くアリィちゃんと話していると、奥の自動扉が開き、風ちゃんがこちらに向かってくるのが見えた。
「待ったか?報告は終わりだ。お前の特徴とは一致しねえが、フードを被っている奴なら西にある黄砂地区にわんさか目撃情報が集まってるって話だ。まあ、当然っちゃ当然の話だがな。あと記憶喪失に関しては何も得られなかった。悪ぃな」
平塚市。
黄砂地区とも呼ばれるその地区は英雄変革による異常気象により一年を通して黄砂が吹き荒れる。地区の中でも被害が大きいところと少ないところは分けられるが、酷いところは砂漠化しており、人が住めるような環境下ではなくなってしまっている。
この地区の異常気象が解決できれば、物資の流通経路も回復すると云われており、ギルドやほかの行政からも調査隊が日夜派遣されているという。当然交通機関は機能しておらず、向かうとするなら徒歩での移動となるだろう。
なるほど、黄砂が吹き付ける地区なら、砂避けとしてローブを着こむというのもおかしくはない話だ。もしかしたら藤沢市で会ったローブの彼女も平塚市から来ていたのかもしれない。
「ううん、ありがと、風ちゃん。でもその情報ってあたしみたいな子を見たってわけじゃないもんね。行っても無駄かな?」
「まあな、オレも頭から抜けてたぜ。平塚市は今一部を除いて人の住めるような場所じゃない。当然そこに住んでるとなりゃフードやらで黄砂から身を守るだろ」
その通りだ。フードを被った少女。という大きな特徴の情報アドバンテージが失われたことになる。いや、それとも逆に考えればいいのか?あたしもさっき言ったじゃないか。フードを被っている=平塚市から来ている、だと。なら、一度行ってみる価値はあるかもしれない。




