強襲2
「おいクラマ。お前正直なところ、どこまでやれるんだ。何匹頼める?」
情けない話だが、自分一人でこの猛獣の群れを相手にするのは不可能だ。今の一閃、シャルに聞いている話よりもクラマは動けるらしい。
「全て。と言いたいところですが、この数となると何匹か逃してしまうでしょう。ですが」
そこまで言いかけて言い淀む。
これでも付き合いは決して短くない。クラマという少女のことはよく知っているつもりだ。
この少女は自分の身よりも他人を優先するきらいがある。他に尽くし、自らを省みない自己犠牲の精神。聴こえは良いが、それで悲しむ人がいるならその選択は間違いなのだ。
それとなく説教をしたこともある、けれど、返ってきたのは上辺だけの返答。気を付けますと口では言っても本質はなかなか変えられるものじゃない。だから、そこは大人である俺がフォローしてやらないといけない部分だ。
「はっきり言え。ここにはお前だけじゃない。俺もいる。まあ、俺はせいぜい相手に出来て一匹だ。死に物狂いで二匹か。上手く使ってくれ」
秋久のいつになく真剣な表情に、クラマもこくりと頷く。
「先ほどの一撃。仲間がやられたことに対し、彼らは殺気立っています。裏を返せばそれだけ短絡的な思考になっているということ。秋久様は大きな声で彼らを威嚇し囮になってください。その際、反撃はしなくても大丈夫です」
囮と来たか。一匹とは言ったが人間ならいざ知らず、獣を相手にするとなると正直なところ自信はない。けどまあ、適任か。
「分かった」
そう言うとやにわにバットを地面に叩きつける。それと同時にクラマは狼の群れの背後を位置取るため、家屋を影に音を立てないよう駆け出す。
キーンという耳障りな音が辺りに響き渡り、何事かと狼の群れの目線が発生源に集中する。
「おうコラ!おめえら一丁前に鋭い牙と眼光持ってるくせに、うじゃうじゃ群れになって固まりやがってよ。恥ずかしくねえってのか!?ああ、コラ!?」
とりあえず思ったことを口にしてみた。威嚇とかってのはよく分からん。ただ大声を上げて注意を引き付けるだけでいいのか?狼が臆病者ってのが本当なら、大声を出したら逃げちまって被害がでかくなるんじゃないか?だとしたらその塩梅ってのは加減しなくちゃならないのか?
けれど、彼らは狼である前に人類の脅威、魔獣なのだ。だから、目の前の猛獣たちはグルルと低い唸り声をあげるだけで一向に逃げ出そうとしない。いくつもの赤く光る双眸が今からお前を喰い殺すぞと表情で語り掛ける。
蛇に睨まれた蛙。正直怖くて逃げだしたくなる光景だが、威嚇は成功、無様だろうが囮には成れているだろう。
頬を伝う冷や汗。それを拭うことすら出来ない。いくら魔獣だろうと、所詮は獣。飛び掛かられたとしても、クロスカウンター気味に叩き込んでやればひとたまりもないはずだ。秋久の恐怖で震える腕が、バットを強く握り直そうとしたその瞬間。
一閃薙ぐ様に銀の閃光が空中に走る。
それは流れる様な優美な曲線を描き、音も無く次々と魔獣の首元を裂き、黒ずんだ赤が宙に舞い上がる。
クラマの動きは一切の無駄が無く、流れるよう、次々と魔獣を斬り裂いていく。その姿はまるで舞踏のように美しい。恐らく魔獣共はなぜ自身の首が斬られたかも分からないままだろう。
その優美な姿に現状を忘れ、思わず見惚れてしまう。それは須臾の出来事。静寂が訪れるとクラマは一度深く息をつき、背後に呆然と立つ秋久を振り返る。
「心配をかけてごめんなさい、秋久様。それと私の賭けに乗ってくださってありがとうございますっ」
頬に飛んだ返り血を拭いながらニコリと首を傾け、満面の笑顔でそう言った。
「はは、こりゃ、敵わねえや」




