強襲
「この声!?」
遠吠えが幾重にも重なる。それは耳を塞ぎたくなるような不愉快すぎる協奏。どうやら数は一匹や二匹といったレベルではないようだ。
「オイオイオイオイ。楽しく団欒してただけだってのになんつータイミングで呼び出しやがるんだよ」
頭を掻き、パパが立ち上がりながらそう言った。
「おい小僧ども。部屋から出るんじゃねえぞ。魔獣狩りの連中が事態を収めてくるまでは絶対だ」
普段は大雑把で面倒くさがりで、お酒の臭いがちょっと嫌かもって思うこともあるけれど、こういう時の行動は誰よりも早い。やっぱり頼りになる自慢のパパだ。
「秋久さんっ」
「ガキどもの親に連絡入れといてくれ。最悪、今日はウチに泊まってもらうことになるかもってな」
「う、うんっ、分かった!」
こんなこと一度だってなかった。いや、魔獣の出現だけなら何度もある。しかし、ここは村の中。結九里は分厚い木壁で村全体を囲っているから、今回みたいに一気に魔獣が雪崩れ込むということなど普通はありえない。
それに村の入り口では門番として、村でも戦闘の心得がある者や、腕っぷしに自信がある人が交代で24時間常に見張りを続けているのだ。今はもうやめてしまったらしいが、パパも昔はこの門番の仕事をやっていたという。
「心配すんな。いざとなったら俺が何とかしてやるよ。千尋、お前はここに居ろ、ガキ共のことを頼むぜ。物置から武器になりそうなもん持ってくる」
「私も出ます、秋久様」
「クラマ」
昔、門番の仕事をしていたとはいえ、結局魔獣を見かける事はなかった。だから、魔獣に対しての戦闘経験は皆無。
たしかに同年代のおっさんらと比べれば、体力も腕っぷしも勝っている自信はある。けど、自分ももう若くない。勇み足は却って被害を増やし、迷惑をかけることになる。自分一人で何とかなると思いあがらないほうが良いだろう。
「ああ、ついてこい。けど、無茶はすんな」
「はいっ!」
少し逡巡した後、戦闘経験もあるだろうクラマに頼むことにした。
「クラマちゃんっ」
千寿流は今にも泣きだしそうな顔でクラマの名前を呼ぶ。
「大丈夫です、私と秋久様に任せてくださいっ!」
「おう、心配すんな、千寿流。パパが軽くぶっとばしてきてやるからよ」
「ふたりとも きをつけてね!」
意を決めて扉を開ける。狼型の魔獣だ。こんなのは映像越しでしか見たことが無かった。目の前に視認できる数はざっと見積もって六、いや、七体か。
野生の狼なんかは人間に対して臆病って話を聴いたことがあるが、目の前のヤツらにそのような気配は微塵も感じられない。むしろ、狼たちは目をぎらつかせ、低く唸り声を上げながらじりじりと距離を詰めてきている。まるでこの家の中に餌が隠されているだろうとでも言わんばかりに。
ニホンオオカミなんざとうの昔に絶滅してるんだ。教科書やアニメでしか見たことが無い。
狼ってのはやっぱり鼻が利くのか?犬と同じなんだからやっぱ鼻は良いのか。つうか、狼型の魔獣と本物の狼を一緒くたにしちまっていいものなのか?
なら、俺が囮になって逃げたとしても、家の中にいるガキどもは狙われ続けるって話か。それに、千尋、千寿流。お前たちを見捨てるなんて可能性がある賭け、選べるわけがない。
じゃあ、ぶっ潰す。有言実行。この鉄で出来たバットで脳天から致命を与えて全滅させるしかない。
やべえ、足が震えてきやがる。大の大人が情けない。
「あ?」
そんな、下らない考えを馬鹿馬鹿しいと一蹴するように、一番近くにいた魔獣が鋭い双牙を覗かせて、頭から嚙み千切らんと口を開けていた。
ザシュッ!
思わず目を瞑る。もう駄目かと思った。駄目なら駄目で俺が食われている間に、クラマにガキどもの避難を頼もうと考えていた。
「大丈夫ですか、秋久様ッ!」
目にも止まらぬ速さで眼前の魔獣は二つに分断され、空へ昇る様に霧散していく。
「クラマ、お前」
「まだいます。気を抜かないでください」
そう言われ、再び前方に目を向ける。仲間がやられて殺気立っているのか。先ほどよりも一層眼光を光らせる、暴力の権化がそこには在った。




