ただ観ていたいだけ
「ああ、いいね、その安心しきった表情。けど、まだまだ至れていない。だからダメ。まだまだ、それじゃあダメなのよ、千寿流ちゃん」
口角が不自然なほど吊り上がった、どこか狂気を含んだような表情。目を瞑り、胡坐をかいて両手を上げ、放り出すように脱力させている。
「ん、リオンくん?」
近づいてくる足音を気にする素振りも見せず、誰か解っているかのようにそう答えた。
「良い趣味をしているな。盗聴か?」
「失礼ね。糸電話の要領よ。所詮おもちゃね。だから、正確性はまるで当てにならない。それに喋っているのが彼女かも分からないし」
けど、確信はある。この起伏の激しさ、感情の揺れ、声の響き方。一度の邂逅だけれど、あたしには判る。だってこの指にかかる糸の様に、あたしと彼女とは赤い糸で結ばれているのだから。
「あの男、使えそうか?」
あの男。リオンくんが探してきてくれたあのオレンジの髪の子ね。
「使えるかって意味じゃ、悪くない。それに機転も利く。仕事はきっちりとこなして予想外のハプニングにも、持ち前の疑い深さで何とか切り抜けた。けど、それだけよ」
「そうか。そういえば妹が世話をかけたな。オレが行くと余計に拗れてしまうだろうということで代わってもらったが、首尾はどうだった?」
「ああ、それね。残念だけど不合格ね。物事に“もしも”はないけれど、あの糸を掻い潜れたのであれば、仲間に引き入れてあげても良かったかな、って思っているわ」
「っふ」
「何よ。鼻で笑う感じ、感じ悪いわよ、リオンくん」
リオンくんは仲間だ。あたしの目的も分かってくれている。分かった上でこうして協力をしてくれる。
彼の身の上は前に一度訊ねたことがある。アンドロギュノス。聞き慣れないこの言葉だが、早い話が二つの性を併せ持つ両性具有というやつだ。
なんでも、英雄変革の際、異能の顕現と共に近くにいた妹と交じり合ってしまったのだという。それだけの情報では、その場面をうまく想像できないが、それ以上の情報はない。というよりも詮索しなかった。
理由は簡単。興味はあるが、気が引けたから。
勘違いされているかもしれないから言っておくと、あたしは別にサディストってわけじゃない。人を虐めるのにも体力がいる。自分の好きな子ならいざ知らず、縁もゆかりも無い人間や動物を虐めて楽しいと思えるイカレタ感性は持ち合わせていない。
そういう点で言うと、サディストってのも自分の性癖に真っ直ぐで好感が持てる。けど、こんなことを口に出した日には、またイカレていると罵られるので口には出さない。デリカシーは無いほうだとは思うけど、何でもかんでも踏み込んで好き勝手に荒らすのが好き、というワケではないのだ。
だから、彼のセンシティブな一面については聞かないようにしている。だって、アンドロギュノスなんて好きでなったわけじゃないだろうし、それで関係を拗らせるのは馬鹿がすることだから。
「すまない。ただ、仲間に引き入れる気なんて毛頭ないのに悪びれもなく言うからな」
「え、あたし、そんなに冷酷に見える?たしかにあの子可愛くはなかったけど、別に可愛くなければいけないなんて思ってないけど。仕事って嫌な奴とも折り合いつけなきゃいけないでしょ?」
世間であくせく働いている連中が何を思っているのかは分からないが、ある程度の線引きはある。これでも大人なのだ。時矢たちとは拗れてしまったが、アレはまあ仕方が無いだろう。
「そうかもな。だが、あの男は巷じゃ停影の住人なんて云われている奴らだ」
「あーそっか。ごめん、やっぱ今の無し」
意見がころころ変わるのは大人っぽくないかな?
でもこればっかりは許容できない。誰だって許せないというものがある。
あたしにとって魔獣という存在は忌むべき対象でしかない。彼らとの共存なんて以ての外だし、魔獣と手を組むとかいう、あり得ない連中にも反吐が出る。
停影の住人。
空虚なる者。意志持たぬ者。
それは増え続ける脅威に屈し、自らの平穏を捨て去った者たち。
自身ではどうにも立ち向かえない脅威を前にした時、人は赤子へと還る。押しても引いても変わらない。袋小路の現状。
だから取り入る。それは良い。人生は自分だけのもの、自分が主人公なのだ。
言ってしまえばモブ。自分以外はストーリーを演出するためだけに存在している賑やかしに過ぎない。居ても居なくてもいい、代わりはいくつでも見繕える人形みたいなもの。
自身が納得して決めたのならそれでいい。視界の外で勝手にやっていればいい。
あたしは映画を観ていたい。
誰にも邪魔されることなく、誰の為でもない、自分だけが映り続けるストーリーを。
MサイズのポップコーンとLサイズのオレンジジュースを片手に、たまにクスリと笑えるようなただ長いだけの映像を、だらだらと観ていたいだけなのだ。
けど、ヤツらは視界に入り込む。あたしの耳元や目の前で蠅の様にぶんぶんと喧しく騒ぎ立てる。足を捥いでも腕を千切っても次から次へと際限なく現れる。
あたしにはそれが邪魔だ。
それを屠る刃が欲しい。
だから、彼女が欲しい。
「行こうか、リオンくん。あたしたちには彼女が必要なのよ」
たとえ、彼女の人生が灼ける様な炎に覆われるとしても。




