包み込むような温度で
眠れない。身体はすごく疲れているはずなのに、一向に寝付けない。
今日はいろいろなお店を見て、お買い得のお洋服もちょっと買ってみて、遊園地で絶叫マシンにも乗った。
夜はシャルちゃんの家でグラタンを食べて、三人いっしょにお風呂に入って、背中とか流しっこして、体中ポカポカのまま、いつの間にか敷かれていたお布団に入り、みんなでいっしょに眠ることになった。
いつもだったらそんなこと無いのに。お布団の中に入ったら、うとうと夢心地。気がついたら朝、それぐらい寝つきの良いほうなのに。
今日はなぜだろうか、全然眠くならなかった。
せっかく気分転換になるということで、クラマちゃんが誘ってくれたアウトレットモール。
クラマちゃんは風ちゃんに成りきったり、会話で盛り上げてくれたり、行き先を提案してくれたり。今思うと、あたしが悲しい気持ちを思い出さないように、常に気を遣っていてくれたように思う。
感謝してる。当たり前だ。
けど、そんなクラマちゃんの心遣いを裏切る様に、あたしの身体は一向に睡眠を受容することはなかった。
「眠れませんか、千寿流ちゃん」
「……うん」
クラマちゃんが起きていたことに少し驚いてからゆっくりと答える。
「ねえ、クラマちゃん。抱っこしてもらってもいい?えひひ、昨日ママにもしてもらったんだ。一人で眠るの、ちょっと怖いから」
「はい、もちろんです」
そう言い終わると、クラマちゃんが優しくあたしの身体を包み込むように抱きしめる。
(ごめんねシャルちゃん。今日だけはクラマちゃんのこと、借りちゃうね)
シャルちゃんに心の中で謝る。少しの背徳感と、安心感。それはあたしの不安定な精神の真ん中でゆらゆら揺れる。その天秤の揺らぎが今は心地よい。
「星ちゃんを襲った人、だれかに頼まれてたんだって」
「えっ?」
それは告白。知ってしまったことでクラマちゃんにも責任が伴うだろうか?
けど、ずっと打ち明けないままでいるのが、今のあたしには耐えられなかった。別に秘密の共有をするわけじゃない。多分きっと、クラマちゃんの優しさに甘えているんだろう。
「フードを被った人、男の人か女の人かわからないって言ってたけど」
「フードを被った人、ですか。彼自身も被っていましたが、もちろん違うでしょう。そうなると心当たりとしてはすぐに思いつきませんね」
クラマちゃんは隣で気持ちよさそうに寝ているシャルちゃんを起こしてしまわないように、小さな声でそう言った。
「あたしね。一人だけ、覚えている子がいるんだ」
クラマちゃんが少し顔を離し、あたしの目を見据えて少し驚いた表情をする。
もしあの男の人が依頼をしたという人物が、あたしの会ったフードの子と同じなら、その子が星ちゃんを狙うように指示をしたということになる。
もちろんフードを被っている人なんて、風が強い地域では他にもいるだろうし、そんな偶然あるわけない可能性のほうが高いけど。なんでだろう。何故だかあたしはこの時、根拠もなく関連付けて考えてしまったのだ。
あたしは藤沢市でクラマちゃんたちがハンターズカフェに行っている間に出会った、あたしと同じ顔をした少女のことを打ち明ける。その時、周りの時が止まったように感じたこと、言い知れぬ恐怖を感じたこと、その全てを。
言い終えて少し肩の荷が下りた気がした。ずるいな、あたしは。
「ドッペルゲンガー現象」
「へ?」
ドッペルゲンガー現象とは自己像幻視とも呼ばれる、世の中には自分と全く瓜二つの同じ顔の人間が他にも二人いると云われる現象だ。
同じ顔を視てしまった人間は数日のうちに死ぬという迷信があり、死の前兆ともされることもあるが、それについて科学的な証明などはされていない。地方によっては二回視たら死ぬ、自分の魂が分裂した姿、など諸説あるが何れも不吉なものばかりだ。
けど、現に今のあたしはこうして生きているし、呪い的なモノを感じ取ったこともない。何度か死にかけたけど何とか生きているし、迷信というのは間違いなさそうだ。
「はい、だから、迷信です。けど、私にはこうして抱きしめて、千寿流ちゃんのその不安を和らげることは出来ても、取り除いてあげることが出来ない」
再びぎゅっと抱きしめられる。石鹸とクラマちゃんの匂いがした。優しくて暖かくてママみたいだと思った。だからだろうか、なんだかさっきよりも落ち着く。
「大丈夫、その不安の芽が枯れ落ちるまで、私がずっと傍にいますから。もちろんお嬢様もいっしょに」
「うん、ありがと。えひひ、大好き、クラマちゃん」




