かえろ
昂り続ける猟奇的な興奮を抑えることも出来ず、首が折れる勢いで少女をこちらに振り向かせる。
そして恐怖する。そこに貌が無かったから。
それは洞。
中身ごと刳り貫かれたようにそこには何も無い。
時が止まったような錯覚。しかし、頬を伝い落ちる一筋の汗が、これは紛れもない現実だと否定していた。
たしかに少女はそこに在った。先ほどまで、苦悶の声を出していた。痙攣していた。泡も吹いていた。白目も剝いていた。けど、それら全てが無くなっていた。
そしてそれは驚愕している私を置いてきぼりに、棺桶の様に中央から解れていき、幾重もの糸と成り、私を包み込むように絡みつく。まるで蚕繭のように。何層にもきつく巻き付いていく。もう身動き一つ取れやしない。
「っひ!?」
そしてようやく気づく。
このタルトという少女も私と同じように、身代わりとなる分身を糸で作っていた。だから、あそこまで余裕の表情を崩さずにいられたのだ。
なぜ、気づけなかった。なぜ、同じ思考に至れなかった。私ならば気づけていた話だというのに。
「ね、最後に質問いい?」
甘ったるい声と共に少女が歩いてくる。恐らくこちらが本物、ということだろう。
「愚かなのはあたしとアナタ、どっちかにゃ?」
猫なで声に猫の仕草に猫の語尾。ウザいと思う反面、正直可愛いと思ってしまった。
「わ、わた、わた、しっ」
「正解♪」
そう少女が短く言うと、糸で包まれた俎板の鯉に等しい私は石ころの様に蹴り飛ばされ、自由落下の旅へと赴くこととなった。
「うわああああああーーーっ!!いやああああああああーーーーっ!!」
ガコン。と音を立ててライドが停車する。
「えへへへ たのしかったね!ちずる クラマ!」
「あう、オシッコちびった。絶対ちびった。あたし、もう絶対乗らない。ずぇ~ったい乗らないもんっ!」
「す、すみません、千寿流ちゃん。あ、私お着替えを購入してきますね!」
絶叫マシンと聞いていたので怖いものだろうとは思っていたが、気持ちが少し落ち込んでいるあたしにとって、気分転換になれば良いかなと思い、思い切ってみんなで乗ることにしたフリーフォール。ちなみにライドというのはフリーフォールの乗車部のことである。
結果は最悪。怖すぎて何も考えられなくなり、さっき搾りたてのジュースを飲んでいたことも相まって、うっかり催してしまった。濡れた座席をそのままにしておけるワケもなく、スタッフを呼んで事情を話す事になった。あちらもプロだ。もちろん顔に出すことなんかしない。けれど、心の中で笑われていると思うと、情けなさすぎる。多分あたしの顔は今、火が出る程に真っ赤なのだろう。
なんで身長制限を百二十センチにしてるんだ!百三十センチだったら乗らなくて済んだのに!
心中悪態を吐く。下着を買ってきてもらうなんて、クラマちゃんにも悪いことをしてしまったし、恥ずかしさより申し訳ない気持ちの方が勝る。
「ごめん ちずる。そんなにいや だったって シャルル わかんなかった」
「え、えっと、ううん。そんなことないよ。あたし、嬉しいよ?」
嬉しいのはホント。シャルちゃんは天真爛漫の子供そのものだけど、あたしの気持ちをしっかりと解ってくれている。だから、その言葉にすごく支えられてるって、いつだって感じられる。
「うんと じゃあ きょうは シャルルのいえ とまっていって くれる?」
「え?えっと。う、うん。いいよ。パパたちに連絡するね」
シャルちゃんも怖いのかもしれない。
星ちゃんが亡くなって、その事実を葬式という形で否応なしに突きつけられた。
あたしが一緒にいれば。クラマちゃんが一緒に戦ってくれたら。シャルちゃんが本来の力を使うことが出来ていれば。夜深ちゃんが傷を治してくれたら。風ちゃんがもっと早く駆けつけてくれていれば。
色々考えたけど、そのどれもが意味の無い事。それを改めて突きつけられた。
心のどこかで何とかなると思っていた何かが消えたんだ。
それが間違いってことじゃない。それは正しい事だって思う。
なら、この心にぽっかりと開いた穴は、時間が埋めてくれるのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
けれど、それは少し悲しい事のように思えた。
だって、ほのかに芽生えていた、この小さな想いごと埋め去ってしまいそうだから。
「風、冷えてきたね。この季節は、夜、少し寒いね」
「うん クラマがきたら もうかえろ」




