真夜中の糸遊び2
この少女の言うことはもう何一つ信じることが出来ない。そもそも、スマホを投げて私のことを殺害しようとしたばかりだ。それなのに、舌の根も乾かぬうちに公平です、と提案されたゲームに乗るとでも思ったのだろうか。
(いや、待てよ。この立地、草むらに仕掛けた本体の私の立ち位置。これを上手く使えば)
「もう、じゃあ、どうする?やっぱり不毛だと解っていても殺り合うしかな…」
「君の提案に乗ってやろう」
「へえ、どういった風の吹き回し?」
少女はその言葉を待ってました、と言わんばかりに口元に手を当ててにやりと笑う。
「フン、わざわざ来てくれた君の顔を立ててやろうと思っただけの事だ」
あくまでも譲歩したうえでという状況を演じろ。こちらの作戦の手の内を悟られるな。
「そっか、まあ何でもいいや。じゃあ」
「待て。もちろん君の用意したこの糸はダメだ。他にもあるんだろう、その全ての中から私が一本選び、私がマーカーを入れ、私が持つ側を決める。これが最低条件だ」
少女は一瞬唇を尖らせてムスーっとブサイク顔をかました後、仕方が無いという表情を浮かべ、しぶしぶ何百という数の他の糸を袖から垂らす。糸遣いとはいえこんな量を持ち歩いているのか、恐れ入る。
私は、悩むフリをしながら太過ぎず、細過ぎないといった、ちょうど良い塩梅の糸を選びだし、持ち上げてみせる。
「これでいい。では印をつけるぞ」
少女はこくりと頷く。そういえば名前を訊いていなかったな。もう二度と会うことも無いだろうが、哀れな少女の名前を訊いておいてやるのもいいかもしれないな。
「君、名前は?」
「タルトレット・アニエス。天才の糸遣いよ」
タルトレット。タルトか。っふ、天才の自称するなんて変わり者だな。
リオンという男には後日連絡をつけるしかないだろうな。全額は無理でも、ある程度の報酬を貰わないと割に合わない。この糸遣いの少女の命を預かっている、なんて脅しかけるのもアリか?こればっかりは最終手段だがな。
「じゃあ、始めるわよ?」
「いつでもいい。君が提案したゲームだ。私は後攻で構わない。音頭は君が取れ」
こくりと頷くと、タルトレット・アニエスが一歩後退する。それと同時に指に引っ張られる感覚が伝わる。
ゲームが始まった。
一歩。一歩と、加える力を増やしながら後退していく。
____一歩。
いけないいけない。私の思惑がバレないよう会話を挟みながら、気を逸らし続ける必要があるな。
____一歩。
今日が初めてではないが、人の命に手をかける瞬間というものはいつだって緊張するものだ。手元を視ると少し震えている。ありきたりだが武者震いということにでもしておくか。
____一歩。
「なあ……」
「ねえ」
私が話しかけようとしたその時、意外にもあちらから口を開いた。
____一歩。
「自分のことを天才と言い切る人間を愚かだと思う?」
____一歩。
自分のことを天才と言い切る?それは君の事だろう。つまり、タルトは私に“自身のことを愚かだと思うか”と訊いていることになる。どういう意図だ?当たり障りない回答を返しておくか。
____一歩。
「そんなもの決められるようなことじゃない。それを認めるも愚かと一蹴するもその人次第だ」
____一歩。
心理的な話をすれば自己肯定のための暗示だとか、自己顕示欲が強いという回答が返ってくるだろうが、そもそもそんな下らない質問で、その人間の本質に迫れるようなものじゃない。答えの無い下らない問答だ。
____一歩。
世間じゃこんなくだらない議題でも一喜一憂できるというのだからお笑い種だが、いやはや馬鹿の考えていることは全く持って分からない。
____一歩。
人の価値とは同じ時間を共有し、理解を深め合った先に漸く見えてくるものだ。一見で断じることなど決してできないし、そこまで人間は高尚な生き物ではない。
____一歩。
「そっか。じゃあ、質問変えるね?あたしのことは愚かだと思う?」
____一歩。頃合いだ。
私は異能を解く。それと同時に茂みに隠れていた私は飛び出し、タルトを背後から羽交い絞めにする。
「んぁ!?ちょ、何するのっ!」
この間一瞬。突然の出来事に何が何だか分からないという表情をする彼女。その悲鳴に少し良心が傷む気もしたが、この際構わない。このまま絞め落として無力化する。
幸いここは丘の上。不用意に乗り出してしまった挙句、滑落してしまったとでもすればどうにでもなる。今日二人目の犠牲者。子供も入れればもっと多いが、アレは魔獣がやったことだ。私の知ったことではない。
ああ、これは少しヤバいかもしれない。人の命を奪うことに歯止めが効かなくなるっていうのは、こういう感情なのだろうか。
けど、今はもうどうでもいい。走り出してしまったのだから、ここからはノンストップで行こうか。何かにぶつかって止まらなくなるまで平常運転で行こう。
「っは、答えがまだだったよな。愚か者さッ!君はどうしようもない程の愚か者ッ!だからここで死ぬッ!」
「がっ、ごぽぉッ!?おげっ」
暫く首にかける両手に力を籠め続けていると、藻掻き痙攣しながらぶくぶくと泡を吹く少女の顔から血の気が消え、四肢をだらんと放り投げる。それはつまり、終わりということ。
「は、はははははッ!あひゃひゃひゃひゃひゃッ!!やっちまったぞ、オイ!また殺っちまった!何でこうなるかな、何でなのかな!?分からねーなッ!!」
ああ、いけないいけない。感極まるとつい興奮してしまうな。
さて、最後にこのタルトレット・アニエスという愚かな少女の死に顔を拝んでおくか。




