真夜中の糸遊び
投げて寄こされたスマホは無数の糸の束が作り出した偽物だった。目の前でプチプチと音を立てながら身体中に糸の束が降り注ぐ。虚像を作っておかなければ細切りにされていたところだ。この女、本気というワケか。
それにしても、なるほど、糸遣いとはこんなことも出来るのか。随分と器用なものだ。
まあ、糸で何をしようが実像と虚像を自由に変更できるFloating shapeの前に、糸での拘束など無意味だがね。
代理を立てる意味、能力者ということは少し疑っていたが、この女もあのリオンという男に依頼を持ち掛けたのか?いや、リオンくんと気さくに呼んでいたところからするとグル、それかただ友人を演じているだけ。どちらにしろ私の知るところではない、か。
「あれ?効いてない感じ?」
油断したところを不意打ちかけて、人質にでも取って交渉の材料にしてやろうと思っていたところだが、タネが割れては仕方がない。プラン変更だ。不死身のスーパーマンでも演じるとしようか。
「ああ、これが私の異能だ。物理攻撃は効かない。見たところ君は糸を操る能力者のようだが、不死身の私との相性は最悪。まあ、私と相性の良い異能などこの世界探せど一握りしかないだろうがね」
「ふーん。だからあんなに強気でいられたのね。納得納得」
「君は私に攻撃を仕掛けた。それも不意打ちだ。交渉決裂と思っていいのだね?」
さて、どう出る?糸遣い。私の異能はもちろん無敵ではない。森の中を探されて私自身を攻撃されれば終わりだ。幸いそこまでは気づいていないみたいだが、あそこまで器用に糸を扱うことが出来る彼女から逃げ切るのは難しいだろう。
クソっ!私は金が欲しいだけなのにどうしてこうなった。
殺す必要もないガキを殺し、見知らぬ少女に殺されかけ、そして、金も手に入らない。一応前金はそれなりの額を貰っていたから、悔しいがそれで納得するしかないか。
って、いや、納得できるわけが無いだろうがッ!
「そうね、後は殺し合い。それで決着をつけるしかない。けど、無敵のアナタと天才のあたし、つまらない勝負になりそうよね?」
「……」
言うに事欠いて天才だぁ?天災の間違いじゃないのか、天災の。疫病神女め、何を企んでいるのだ。
「ここで提案。どう、無敵のアナタは乗ってくれるわよね?」
安い挑発だ。天才とはこんなものか。
「当然、内容による。快諾は出来ないな」
「ここに一本の糸があるわ。目の悪いアナタでもちゃーんと視える太さの細い糸」
糸。そういえばこの女、透過度とか言っていたな。なら、この周囲にも肉眼で視えないレベルの糸が張り巡らされているってことはないか。さっきドーム状に張り巡らされていた糸を解放した時、さも全ての糸を解除したと見せかけて、まだ本命の糸を隠しているかもしれない。
「その顔疑ってる?それともまだ糸が仕掛けられてるとか思ってる?アナタ不死身なんでしょ、もうそんな無駄なことしないわよ。糸揃えるのだってタダじゃないのよ?」
「フン、どうだかな。で、その糸を使って何をしようというのだ」
「ウフフフ、糸の真ん中に蛍光塗料で目印を付けたわ。遠くからでもよく視えるでしょ」
「ああ」
「で、お互いがそのマーカー部分に親指を合わせて持つ」
綱引きの真似事か?そんな下らない遊びに付き合ってやる気はさらさら無いのだが。動向を探ることも考えて、もう少し聴いてみてもいいか。
「そして交互に糸を持ったまま後退する。一歩ずつ、確認を取りながら。その際、糸を引っ張る指に籠める力を、相手にも分かるよう少しずつ強めていく。当然加わる力を増やされた分、相手も同じ力で引っ張り返していい。記したマーカーが出来るだけ中央になるようにね」
「少しずつ?」
「だって、一気に力を入れたら引っ張られる形になって、前のめりに倒れちゃうでしょ。ま、裁量は個人に任せるけど、少しずつ楽しみたいところよね。ここら辺はフェアに、大人らしく、ね」
「……」
「で、加える力が増えていけば、糸はいつか千切れるわよね?その際に蛍光ペンでマークを入れた線より手前で千切れたら負け。素直に相手の言うことを聴くこと。どう面白そうでしょ?」
あり得ない提案だった。相手の用意した糸、相手の用意したルール。それを飲むとでも思っているのか?おまけに素直に言うことを聴くことと来ている。馬鹿も休み休み言えというものだ。
「フン、穴だらけのゲームだな。少しづつという曖昧な表現が気に入らない。それに糸の強度は持ち主である君次第だ。素人には解らないような微量な強度の違いで、どうあっても君が勝つように仕組まれているのだろう?」
糸遣いなど所詮マジシャンと同じようなものだ。マジシャンが自身で提案したゲームで負けるなど絶対に無い。
「うん、そう言うと思った。だからどっち側を持つかはアナタが決めていいよ。あたしはアナタに言われた方を持つ。それでフェアでしょ?」
「力の込め具合、熱で糸が溶け切れるような仕掛けがあるとも限らない。今日初めて会ったばかりだが、君は強かな人間だ。そんな君が用意したという時点で、その提案を易々と飲むわけにはいかないのだよ」
「はぁ、嘘つき。めっちゃ疑い深いじゃない、アナタ。友だちいないでしょ?」
少女はやれやれというジェスチャーをしながらそう言った。
「余計なお世話だ」




