思惑通り
丘に男が一人、狂気に駆られたように嗤い続ける。
「ひっひいひいひいひひひっ!あひゃひゃひゃっ!」
気が違っているかのように視えるソレは、男にとって最大限の幸福の表現だった。だから正常。これからの日々を想像するだけで笑いが止まらないのだ。楽しいから笑う。それの何がいけないのか。だから、男はひたすらに笑い続ける。
やはりあのガキは馬鹿!狐のガキも甘ちゃん偽善家で生意気な奴だったが、ウニ頭もそれに負けず劣らずの馬鹿!クソ馬鹿!
(何がぶん殴っても構わねーよな、だよ。恰好つけた割に仕留め損なってちゃ世話ないだろうが。会社だったらクビだぞ!?)
私はあの白髪ウニ頭に吹っ飛ばされた。それは事実。しかしそれより前、あの少女に止めを刺そうとした時、念には念を入れて茂みの中にFloating shapeによる虚像を創り出していたのだ。今回はそれが生きた。
あの時点で、倒れても立ち上がってくる不気味な狐のガキに、ただならぬ雰囲気を感じたのがここにきて功を奏した。そして、隠し持っているかもしれない異能に読心術のようなものがあるとは限らなかった。だから、それを悟られないよう、心の中までも思惑が漏れないよう自制した。
まあ、実際は杞憂に過ぎない話だった。今思うとビビりすぎ。十行くか行かないか判らないガキを前に情けない話だ。
だが、それでいい。結果上手くいったのだから全ていいのだ。
つまり、あのウニ野郎が殴ったのは虚像の私。本物の私は茂みの中でいつでも逃げれるよう機会を窺っていたわけだ。
そうとも知らず、勝った気になっていた飛んだ間抜け者だ。
「ああ、今日は最高の日だ!バラ色というやつか!もうあくせく仕事をする必要もない。まあ、使い方次第じゃ金なんかはいつか底を尽きるが私は馬鹿じゃない!完璧なプラン建てをしてみせるさ!」
ひとしきり笑い終えた私はポケットのスマホをおもむろに取り出し、依頼主に言われた番号に電話を掛ける。
「もしもし、どちらさま?」
三コールほど待って通話が繋がった。この三コールが一時間にも一日にも感じる。こういうの何って云うんだっけか、ジャネーの法則?いやそれは関係ないか。ああ、ダメだ。嬉しすぎて頭が馬鹿になっているかもしれない。
女の声。まだ若い。十代前半か?いや、声などいくらでも作れる。早計は止しておくべきか。
「私は東雲冬始というものだ。とある依頼を受けていてこちらの番号にかけろと言われている。迎えが来なかったからこちらから掛けさせてもらった。行き違いになっていたら済まない。合言葉の様なものも貰っているが、他に何か証明など必要か?」
東雲冬始は本名の南雲終夏を少し弄ったものだ。依頼を受けた際の名前はこれで通している。
「ああ、トウジくんね。はいはい、リオンくんの。オーケー、直近の話はアナタの事についてしか聞いていないから、証明とか堅苦しいことは不要よ。場所は指定させてもらったところにいると判断していいのよね?」
「ああ」
「ん!じゃあ、ちょーっと待っててね。一時間くらいかな?それぐらいでつく予定だから。それじゃ」
女はそう一方的に話し終えると通話を切ってしまった。勝手な奴だ。
だがまあいい。寛容な精神で許そうじゃないか。今日の私は頗る気分が良いのだ。どうしてもと頼まれたのなら跪いて靴でも舐めてやれるほどに。まあ、そんなこと跪いてもらったとしてもしないがね。
暫くすると一人の少女がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるのが視えた。背は目測だが百五十センチもない。そんな子供がこんな場所に何の用だと一瞬戸惑ったが、その不敵な表情を視て、すぐに先ほど電話に出た人物だと理解した。
スマホに表示された時刻を視る。あの通話から四十五分ほどが経過していた。十五分前、なるほど殊勝な心掛けだ。
「待った?ごめんね、こんな辺鄙な場所を指定しちゃって」
「いや、構わない。それに約束の時間の十五分前だ。むしろ早いといえるだろう。気にしないでくれ」
「そ。よかった。あたしね、ここから一望できる景色がすごく好きなの。見てみて?学校、公園、通学路、そして人が行き交う商店街。よーく視ると人が動いてるのが確認できるでしょ?」
「そうか?私はそこまで目が良いわけではないのでね。よく分からないよ」
何訳のわからないことを言っているんだこの少女は。そんなことよりも話すべきことがあるだろう。
いや、待てよ。そもそもなんでこうして顔を突き合わせて話をする必要があるんだ?
しかも代理人を立てる真似など、まるで意味が解らない。金を振り込むだけなら口座を教えれば事足りる話だろう。というよりも前金に関しては既に指定した口座に振り込んでもらっているわけだし、今回もそれと同じでいい筈だ。
「ああ、そうそう。リオンくんのあっちの貌、結構そそっかしくってね。報酬の金額間違えちゃってたのよね。一方的に告げるだけじゃあ、あまりにも不誠実でしょ?だからお詫びも込めて、こうしてあたしが直接出向いたというワケ」
「は?」
何を言っているんだ、この女は。
「えっとね、アナタに伝えていた額、ゼロの数を多めに付け足しちゃってたのよね。あ、ペン持ってる?」
「あ、ああ」
「ん、ありがと。ボールペンって殺傷性で判定されて、エアポケには入らないから持ち歩かないのよね。意味解んなくない?」
女にペンを渡すと、あまりの出来事に処理が追い付かなくなってしまっている私の前で、ノック部をカチリと鳴らす。
ちょっと。おいおいおいおい。それはちょっとってレベルじゃないだろ。
無慈悲にも黒く塗りつぶされていくゼロの文字。
「はい、これ。アナタには申し訳ないけど、人一人ってことで、まあ、これぐらいが相場でしょ?」
結果、その額は二日三日豪遊をすれば無くなる程度の金額になってしまった。




