ヒーローは遅れてやってくる
「ったくよ。世間ってのはどうにも狭苦しくて敵わねえよな?」
太陽を遮る様な大きな影が男を覆いつくす。それは人の影。けれど、ただの人の影なのに、男にはとても大きな怪物の様に視えた。
「フン、どういう状況か丸きりわからねえが、オレのしたことは間違いってわけじゃねえよな?」
目の前に立つ男に抱きかかえられているのは、たった今私が放り投げた少女だった。
(間違いじゃないぃ?馬鹿がクソ馬鹿!何解り切ったこと質問してくれてるんだよ!おちょくってるのかコイツは。ああ、まるきり間違いだよ、一から十まで全部間違いに決まってるだろうが、この白髪スカしウニ野郎がッ!)
「どうなんだよ、オイ。間違いじゃないんだよなぁ?」
「間違いだよッ!クソが!痛い目見ても知らねえぞッ!このウニ野郎がッ!」
堪忍袋そのものが爆発したような表情と、危険なまでに血走った目を剝きながら、諸手を構えて灰髪の少年に向かっていく。
「じゃあよ、ぶん殴っても構わねーってことだよな!?」
異能の開示時には音を置き去りにするほどの速度で動ける風太にとって、激昂した男の動きはあまりにも遅すぎた。
「グぎブヒィッ!?」
千寿流を抱えての迎撃。全力とはいかないもののクロスカウンター気味に入る右膝が男の顔面を正確に捉える。男は鼻水を飛ばしながらたまらず吹き飛び、近くにあった茂みの中へと勢いよく転がったいった。
(なんだ?蹴り飛ばした時の感触、違和感。いや、今はそれよりも千寿流の方が優先か)
気を失っているようだが見たところ大きな外傷はない。身体中汗だらけだが、血色もそこまで悪くない。体の中にガタが来ているかもしないから、後でしっかりと見てもらう必要はありそうだが、ひとまずは大事は無いと判断する。
「クラマぁ~~~!」
シャルが倒れているクラマに駆け寄っていく。
(クソ!千寿流は無事だったが、そっちはどうだ?さっきから声がしていないということはもしかして)
「だいじょうぶ ふうたお兄さん クラマ ねてるだけ みたい」
「そうか。そりゃよかったな。あと他には…っ!?」
千寿流に続き、クラマも無事だったことを確認できた。声には出さないが安心したと胸を撫で下ろそうとしたその時だった。
向こう側に真っ赤に染まった何かが倒れているのが視えた。ソレは一向に動かない。あれは積み重なった魔獣の死骸の山だろうか。
いや、何を言っている。
魔獣は生命活動を停止した時点で、全ての器官が機能を停止して消滅し霧散する。だから、人間と違い大量の流血を伴うことは稀だ。いや、そもそもの話、死骸が残り続けること自体あり得ないことを解っているはずだろう。
だから、それが何であるかもオレには理解できてるはずだ。
「お兄さん! きて! セーイチローが!」
星一朗?シャルの知り合いか?オレは二人を人が通らないだろう芝生の上に寝かせると、シャルのもとに駆けよることにした。
「ねえ これ 助かる? セーイチロー いっぱい ちを ながしちゃってるっ!はやく みてもらわないと!」
冷え切った首に手を当て脈を確かめる。いや、身体を極太の鉄の棒が貫いているのだ。そんな必要性は無いのは解っているが、まだ幼い彼女を納得させるためにも、確かめるフリだけでもするべきだと思った。
「もう死んでる。悪りいが助からねえ。……あのオッサンがいればもしかしたら、いや、何でもねえ」
「うぅ うっ!セーイチローっ!セーイチローっ!」
シャルは服が血で汚れてしまうことも厭わずに抱きしめて何度も名前を呼ぶ。幸い、その耳に“助からない”から先の言葉は届いていないようだった。
流石にあのオッサンでも、一度止まってしまった心臓を動かす真似ができるとは思えない。あの軽薄な笑みを思い出したらそれすら疑いたくなるわけだが、そんなに上手い話もあるわけがないと思った。
オレはスマホを取り出し、警察に状況を伝えることにする。事態が事態だ。すでに連絡が伝わっている可能性、仮にそうでないとしても警察はすぐに到着するだろうし、ギルドにも追って連絡が行くだろう。
ならオレたちがここで出来ることは無い。
シャルの友人の星一朗。であるならば千寿流たちは一枚噛んでいるだろうが、ひとまずはこの場から離れたほうが良いだろう。
「いくぜ、シャル。千寿流とクラマはオレが担いでいく。ここから一旦離れるぞ」
「っぐす、う、ううぅぅ」




