意味も無く矜持も無く尊厳も無い戦い
もう打つ手がない。どうしようもない。そう思ったその時だった。
“近衛さん。君は死なない。僕が死なせない”
誰かの声が頭に響く。
それは懐かしい声。
大切な友だちの声。
忘れもしないその声。
それは水面に落ちる水滴の如く、静かな波紋となってあたしの中に広がった。
暖かくて、優しい音。その音に包まれると不思議と気持ちが安らぐ。
これが恋なのかってのは子供のあたしにはまだ良く分からないけれど、もしかしたら、あたしはその人のことを少し好きになっていたのかもしれない。
(星、ちゃん)
“いいかい?君の置かれた状況は絶体絶命。何もしなければ数秒後にはあの銃から発砲される凶弾が君の胸を貫くだろう”
(どうすればいいの、星ちゃん?あたし、クラマちゃんを見捨てて自分だけ生き残るなんてイヤだよ)
“今の君は僕のココロとリンクしている状態だ。もちろんそんな奇跡の体現は長く続くことは無い。だけど、今の君なら解るはずだ。僕の異能の本質が”
異能の本質。そんなの急に言われても分からない。だって、あたしは今まで能無しだったんだ。それに肝心の武器が無い。さっきは流れで構えて見せたけど、人の命を奪う覚悟なんてまるきりなかった。
“ごめん、時間だ。後は君が見つけろ。君がやると決めたのなら、僕はいくらだって力を貸すから。僕の力が君を生き延びさせてみせるから”
(ちょ、まっ、星ちゃん!?星ちゃん!星ちゃん!)
もう星ちゃんの声は聴こえない。けど、道を示してくれた。
だから考えるんだ。分からないなんて最初からあきらめず、出来ることを考えろ!
「じゃあな、名前も知らないガキ。向こうに行ったら星一朗くんによろしく言っておいてくれよ」
(やばい、やられるっ!)
____カシャ、カシャ。
男は確かめる様に何度も引き金を引く。しかし、いくら引けどもカシャカシャと玩具のような音がするだけだった。
「おい、小娘。何だこれは?弾が入ってないじゃないかっ!ん?いや、よく見るとこれ、実銃じゃない、モデルガンじゃないかっ!」
(モデルガン?偽物ってこと?そういえば、星ちゃんと初めて会った時そう言われた気がする)
“ロキはね、ただの玩具だよ。精巧だし、引き金は引けるんだけど玩具だ。もちろん弾は一発も入っていない”
異能の本質。凶弾が発射されるだろう。この二つの言葉。そうか、だから、星ちゃんは僕の力が君を生かすなんて言ったんだ。
「クソが、馬鹿にしてくれたな。私はガキに馬鹿にされるのが一番嫌いなんだっ」
怒りの表情を露にしながらこちらに歩み寄る。迷ってる暇はない、今しかないんだ。
「散光、光遍矍灯ッ」
そう異能を唱えた瞬間、男の持っていた銃が暴発したように光に包まれる。
「何ィいぃいぃッ!?」
溜まらず手に持っていた銃を高く投げ捨てる。それをあたしは木を蹴り高度を稼いで空中でキャッチする。なるほど、今なら何でも出来そうな気がした。
男は光を近距離で直視したせいで眩暈のような症状を引き起こしていた。予想外の状況に怒りのボルテージが再び上がり始める。それを肌で感じることが出来るほどに。
「きッ、さッ、まぁッ!穏便に済ませて、やろうとッ!したのに!もう、ダメだッ!絶対にッ!ゆるさんぞぉおおぉ!」
顔に血管を浮かび上がらせるほどに激昂し、我を失った男はブチブチと袖を引き千切る。そこにはびっしりと刻まれた魔装紋。
千寿流にはその意味は理解できなかったものの、男がこれから何かしようとしていることだけは理解できた。
「来いよッ!もういいっ!全部だっ!魔装師、南雲終夏が命ずる。このガキも、女も、そこにくたばってるメガネも、全部喰っちまえッ!」
地面に現れるのは淡い縹色に光る魔装陣。男は腕の魔装紋によって、物質召喚のための魔装陣を肩代わりしていたのだ。
「グルルルルルルルルゥ」
現れたのは狼のような魔獣とカマキリのような腕と気持ちの悪い蔦を遊ばせる植物型の魔獣。その数はざっと見ただけでも合わせて十体ほど。
呼び出した男は苦悶の表情を浮かべていたが、口角だけは嬉しそうに歪んでいた。なるほど、魔獣召喚にリスクはあるものの、まだ追加で呼び出せる可能性も考慮するべきか。
そういえばどちらも見たことがある。狼はクラマちゃんと学校に向かう途中で、蔦の魔獣は子供たちを人質に取っていた。そうか、全部この人が悪いのか。
あたしは距離を放すため高く跳び退り、魔獣たちの攻撃範囲外へと逃れる。当然それを許す蔦の魔獣ではない。十を超える棘蔦の群れが一斉にあたしに襲い掛かる。
「光救檻礫ッ」
迷うことなく銃口を魔獣たちに向け引き金を引く。放射線状に広がる光の雨が枝分かれし、襲い来る蔦を焼き尽くす。
放した距離は十五メートルほど。まだ、安心はできない。離れすぎるとクラマちゃんの身を守ることに対応できなくなる。これ以上はダメだ。いつでも動けるように緊張感を最大まで叩き上げ続けろ。
この戦いに意味は無い。
矜持も無く、尊厳も無い。
これは何も生むことのない戦い。




