人型の魔獣
がさがさがさっ
「!?」
廃ビルに根付いた茂みが揺れる。茂みの中で小動物が動いたのだろうか。いや、小動物にしては揺れが大きい気がした。
「シャルちゃん……ねえ、あれって野兎とかかな? それか、魔獣かな? 魔獣だったら近づかないほうが良いよね?」
「シャルルは “ひと”にみえる もしかしたら セイイチローがいってた うわさのやつかも」
一言で表すならそれは奇妙だった。
人というにはあまりにも歪で、突起のようなものが生え、全身が真っ黒の装甲のようなもので覆われており、ところどころ赤いラインが入ったソレはまるで浮き出た血管の様だ。影の住人とでもいうかのようないで立ちで、異質さと不気味さをこの場に放っている。
幸い、ある程度距離が離れており、こちらに気が付いていないようで、今この場を切り抜けるのは難しくないように感じた。
「……っ」
頬を一筋の汗が伝う。手元には先ほどの武具店の店主に急かされ慌てて購入した傘が一本だけ。“これで叩いてやっつける”そんなビジョンは一向に見えてこない。こんなものでどうしろと。
星一朗には危機管理能力ゼロといわれた。当然だ、世界はこんなにも危険で溢れている。こんなことなら刃物でも何でも買っておけばよかった。
後ずさるように後退する千寿流とシャル。大丈夫だ、距離は五十メートルほど離れている。ゆっくり遠ざかれば問題なく切り抜けられるはずなのだ。
「ぁ……アァァッ!!」
刹那、人型の魔獣が声を発したかと思うとその口から一筋の光線が発射された。
「へ……?」
魔獣の口から発射されたオレンジの光線は廃ビル群を一閃に薙ぎ払い、光線が通ったと思われる部分を溶解させていた。
「フゥ……ゥ」
(いやいやいやいや、なにあれ、やばすぎでしょ!? 当たったら死ぬよ!?)
突然の発作的行動。傍から見る分でも知性が高いというわけではなさそうだ。どうやらこちらに気づいたというわけではないみたいだが、内心慌てまくる千寿流は、より一層騒ぎ立てないようにと口を噤み、尻もち状態で後退する。
「へへへ すごいねアレ!」
あっけらかんと答えるシャル。その目には恐怖は微塵も浮かんでいなかった。
「ちずる こわいんでしょ? へへへへ ここはシャルルの でばんだよね」
そう言いながらシャルは人型の魔獣に向かってゆっくりと歩き始める。その両手には先ほど見せた小さな宇宙のようなものが見て取れた。
先ほどは薄暗い地下街を一瞬で照らして見せた奇跡の異能。今度はそのエネルギー体をあの魔獣にぶつけるとでもいうのだろうか。千寿流はもしかしたらと期待を抱く。
「やっつけられちゃえーッ!」
そう言いながら両手を前に突き出すシャル。
それは交わり捩じれ合い、収縮と膨張を繰り返す。想像された小宇宙はその手を離れ、人型の魔獣に向かって速度を落としながらゆらりゆらりと向かっていく。
エネルギー体は速度と共にその質量をも落とし、結局魔獣に届くことなく霧散した。
「……」
絶句する千寿流。それに引き換え自信満々のシャル。
その自信に満ちた表情を見て、もしかしたら視えなくなっただけで、エネルギーを膨張させて今も魔獣に向かっているのかもしれない。で、到達と同時に爆発して木っ端みじんにしちゃうんだ。なんて妄想をするが。
「う~ん ダメみたい」
「ああああ~~シャルちゃん~~~! あたし、期待したんだよっ!? すっごい力でやっつけちゃうって! なぁに今の!? ひゅ~っていって何の音もなく消えちゃって!」
ギロリ
「ひっ……しまった……」
人型の魔獣の首がゆっくりとこちらに向く。どうやら今の騒ぎ立てる千寿流の声で気づかれてしまったようだった。
「シャルちゃん」
「ちずる」
生唾を呑み込み、互いに顔を合わせる二人。お互い首をこくりと頷くと、回れ右をし、脱兎のごとく走り出す。
「逃げろぉオぉ~~~っ!!」
全速力で走る。道は崩れた石片などが散らばっていて、お世辞にも良いとはいえない状態だったがそんな事知ったことではない。
逃げなければきっと殺される。いや、果たしてあんな規格外の質量のレーザー砲を吐き出す化け物から逃げきれるのだろうか。もし逃げ切れるとするならそれは、興味を失ってもらうことに懸けるしかないだろう。
だから逃げる。視界から消え失せ、自分たちの存在をなかったものとしてもらう為に。
「はぁ……はぁ……やば、なにあれ……」
数分を全力で逃げ切った。千寿流の出せる全力などたかが知れているのだが、何とか逃げ切れたのか先ほどの魔獣の気配は感じられなかった。
「ちずる……おなか、すいた……シャルル もう むり」
「も、もぉっ……もうちょっと落ち着いたら考えよっ! ママから貰ったクレープあるから! ていうか、あんな全力で走ったのによくお腹に何か入れようって思えるね、シャルちゃん」
辺りを見渡すが、先ほどの廃ビル群と景色は変わらないものの、全力で走ったせいか見知らぬところまで走ってきてしまったらしい。
「うぅん、どうしよ、日が暮れるまでには人が住んでるところに行かなきゃいけないのに」
昔やっていたゲームを思い出す。その主人公は困難や難題に行き詰まると、空を見上げていれば雲や鳥が教えてくれるなんて言っていた。
なんとなく見上げてみるが、当然ながら何も見つかることはなかった。
(うぅ~嘘つき!)




