捨てられたわたしと老婆
一日を生き抜く。めいっぱいに背伸びしても改札口にすら背が届かないわたしにとっては、それだけのことでも命懸けだった。
日々を過ごすために魔獣と戦う者がいるのなら、わたしにとっては生きること自体が自己の存在を証明するための戦いだった。
お腹が鳴るたびに、わたしは街中を駆けずりまわって、物乞いの様に食べ物を恵んでもらうことに必死だった。けど、それで上手くいくことなんて稀。手を伸ばせば手に入る誘惑。盗みにも手を伸ばそうとしたことも何度もある。
けれど、その先の見つかったらどうなるのか?という恐怖が、あと一歩のところでいつも思い留まらせる。早い話が臆病だったのだ。
夜が深まり街の灯りが次第に消えていく頃、わたしはまた新たな寝床を探す。廃墟のビルの一角や、路地裏の段ボールの中。そのどこかに、自分の体を休める場所を見つけなければならない。夜風は冷たく、体の芯まで凍えさせるがわたしは決して諦めなかった。
毎朝、わたしは新しい日を迎えるために目を覚まし、くだらない命を繋ぐために街を駆け回る。そして夜には、今日生き延びることが出来たことを独りで静かに祝う。
誰にも祝福されないから、ガラスに映る泣きそうなわたしに向けて泣きそうな笑顔で祝ってあげた。
それがわたしを形成する世界の全てだった。
けれど、世間はそう甘くない。そんな生活が続けられるほど人間なんて強くないのだ。だから、太陽が東から西へ向かって昇り沈むように、当たり前のように限界なんてすぐに来る。
「はぁ……はぁ。今日雨、ふる。天気の人……言ってた。だ、ら早……く」
大通りを裏路地に抜け、人気のないところでわたしはとうとう力尽きる。既にまともな声を発することもできない程に衰弱していた。
ここは誰も通らない。夜間はおろか、日中でもほとんど人が寄り付かない。たまに酔っ払ったサラリーマンが吐瀉物を吐きに来ることもあるが、それだけだ。
汚物と泥にまみれた地面に顔をうずめると涙が溢れてきた。それは醜悪な臭いによる不快からか、惨めな半生を送る悔しさからか。あるいは、そのどちらもだろうか。
____さっさと死ね。わたし。
わたしに侮蔑の眼差しを向けながらも社会に貢献する誰かと、ただ物乞いの様に醜く這いずる自分。そんなの、どちらがいらない命なんて明白だった。
____息をするのも辛い。口の中から苦みが溢れてくる。
こんな自分は自分じゃない。誰か他の人間であってくれればいいのにと、いつも思っていた。
____死んだらきっと楽なんでしょ。なら、死ね。
だから、自分の命が緩やかに薄れていくのを他人事みたいに思いながら、呪いの言葉を吐き続ける。
____死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
勘違いしてほしくないから言っておくけれど、別にこの世界を怨んではいない。もう両親も怨んではいない。見て見ぬ振り、助けてくれなかった人たちも怨んでいない。だって、彼らは悪くないから。
____早く、死んでよ。
怨むのは惨めな自分の一生。自分が生まれたから両親は自分を捨てなくてはいけなくなったのだと、そう思うことが出来たのなら、自分以外を呪わなくて済むから。
____お願い、だから。
口の中で苦みに混じり血の味が滲みだす。ああ、ようやく死ねるのか。そう安堵したその時、一つの影が彼女を覆い隠した。
「ほぉ。汚い子」
それは、蜘蛛の糸のような不運。
衰弱しきったわたしを見つけたのは一人の老婆。何故そんなところを彼女が通りかかったのか、今でも分からない。
偶然にも通りすがった老婆に拾われることで、細く切れそうな命を繋ぎとめることが出来た彼女。
こうしてわたしは、とある孤児院に入ることとなる。
しかし、それは新たなる地獄の始まりにしか過ぎないのだった。




