責任よりも大切なモノ
「え? なにあれ? なんか けむり あがってる」
枕元を見ると猫のキーホルダーが光っている。これは昨日千寿流に渡したネズミのキーホルダーと対になっている片割れだ。つまり、何らかの理由で千寿流が握りしめたということだ。
三日月館の主、シャルルージュ・クレッセンは眠たい眼を擦りながら、窓から視える灰色の煙について考える。
千寿流の通う学校ではたしか秋季休暇といったか。今は長い休み期間の真っただ中であり、休みの終わりに向けて大きなお祭りの準備をしているのだ。昨日千寿流の学校に行った際も千寿流本人から聴いている。
祭、そして煙。
そうくればコレしかない。
「んー キャンプファイヤー でも やってるのかな?」
キャンプファイヤーとは、キャンプ場所やお祭りなどの締めくくりとして行われることの多い、食事を持ち寄って歌ったり踊ったり交流を深め合う行事だ。
火を囲むという形式上、儀式として行われることもあるが、学校でのプログラムの一環としてなら、親睦会のような意味合いしかないだろう。早い話が食べて飲んで騒ぐ、というわけだ。
「クラマは そういえば きのう ちずるのこと むかえにいく って いってたっけ?」
クラマのことだ。千寿流を迎えに行った後はその足で三日月館に一度戻り、自分を迎えに来てくれると思っていた。いや、クラマなら間違いなくそうするだろう。クラマのことは自分が一番理解していると自負している。
だから、何かイレギュラーが発生したのだ。それに連絡すら入っていない。つまり、緊急事態だ。早急に対応しなくてはならない何かが起きているのだ。ならば、彼女の身を案じ一刻も早く自らも向かわなければならない。
と、普段のシャルであれば冷静に考えることが出来ただろう。
「うぅ~ ふたりだけで おまつりなんて!シャルルを なかまはずれにして~!おこったぞぉ~!」
勢いよく扉を開けっぱなしにし、足早に煙の上がる方向へ駆けていくのだった。
三日月館の周辺、特に学校方面に関してはシャルにとって庭のようなものだ。どこを通ればどこに通じるのか、どこを通れば近道になるのか、安全か危険か、そのルート全てが頭に入っている。
(こっちの みちのほうが ちかいよねっ!)
もちろん、今のシャルはそういった長年蓄積した、そういった知識すらも忘れてしまっているが、頭ではなく、体に染みついている部分であり、歩道を逸れた茂みの中を感覚で走り続ける。
今のシャルはキャンプファイヤーに連れて行ってもらえなかった事しか頭になく、それ以外の雑念は無い。キャンプファイヤーの如くギラギラと燃え上がる目を輝かせ、怒りか悔しさか、綯交ぜに燃え上がるのは木々を燃やし空に昇る煙のようだ。
「フリーズッ!止まりなッ!」
「ふぇ!?わ、わわわわわわわわっ!?」
ジャンプして木々を跳び越そうとしたその瞬間、急に大きな声を掛けられバランスを崩す。
「おっとっと あれれ?お兄さん?」
「あ、オメエは。シャルか?クラマとは一緒じゃねえんだな」
なんとかその場で踏みとどまり、顔を上げるとそこには灰色の髪の青年が立っていた。
記憶に新しいその青年は、藤沢市の病院の地下で出会った工藤風太だった。
「オメエ、何でこんな森の中を走ってんだ。危うく魔獣と間違えて攻撃しちまうところだったぜ」
「ごめん シャルル いそいでたから!きいてよ お兄さん クラマとちずる シャルルに ないしょで キャンプファイヤー してるんだよ?すっごく すっごく ずるいよね?」
「あん?オメエが何言ってるのかわからねえが、あの煙は別にキャンプファイヤーをやってるわけじゃねえと思うぜ?」
風太はシャルに足早に歩きながら掻い摘んで今起こっている事態を伝える。
新海地区に魔獣が入り込んでいること。
あの煙はキャンプファイヤーではなく小学校が炎上していること。
その為に、ギルド経由でここに訪れていること。
フットワークの軽い風太は急を要する今回の事件に適任であること。
「え あのがっこう ちずるが かよってる がっこうなんだよ?ちずる だいじょうぶ かなぁ?」
「っち、近頃音沙汰無えからおかしいと思っていたが、こんな辺鄙なところに湧き出てくるとはな。つくづく常識が通用しねえモンだぜ」
目の前に現れたのは狼の群れ。否、その体躯は黒く染まり、深紅の線が駆け巡る。狼型の魔獣である。
その数は十を超える。恐らくは木々の向こうにも首を食いちぎらんと、虎視眈々と眼を光らせているヤツがいるだろう。
「おい、シャル。おぶされ。こいつらの相手をしてる場合じゃねえ。一瞬だ。抜き去んぞ」
本来であれば魔獣は見つけ次第、即駆逐。被害が出る前に全て処理するのが常識である。
今相対しているのは大型犬ほどの魔獣の群れであり、このまま放置した結果、人間のニオイを嗅ぎつけ、住宅街に被害が出ないとも限らない。
救える命を見捨てる。それは在っちゃあならない線引きだ。そうなれば責任を問われることとなるのはオレだろう。いや、そこら辺の仕組みについて、しっかりと理解していないからどうなるかわからない、というのが実際のところだ。
けどンなことは今はどうでもいい。オレはシャルを背に助走をつけると、一息でその獣の群れを跳び越した。




