魔獣の目的
「キヒヒヒヒヒ」
「っ!?」
魔獣の嗤い声に近衛さんの表情が再び絶望に染まる。
なんだ、これは?
学校が放火されたと思ったら、こんな公園で今度は新種の魔獣だって?僕にはその真意が分かりかねる。なんであの虫の魔獣はこんなところで子供を人質に取ってるんだ?
そもそも魔獣に人質を取るなんて行為が結びつかない。お金が欲しいわけでもないだろう。
仮に、自身の安全を担保したいというのであっても、こんな人が大勢いる公園に居座る意味が分からない。さっさと森の中に逃げ込んでしまえばいいだけだ。
追加でいうとこの魔獣、僕の目には影から現れたように視えた。なら、影に溶け込んでしまえば人質を取る、という不確定要素を排除して逃げ遂せることが出来るはずなのだ。
(不可解な点が多すぎる。いや、魔獣に論理的な思考を当てはめて考えるのが愚かということか?クソ、人質さえいなければさっさとハチの巣にしてやれるのに)
「星一朗様、どう思われますか?」
「何が?」
少しイラついていたからか、語句が強くなってしまった。
「あの魔獣の目的、です」
「!?」
なるほど、近衛さんはともかく、このクラマさんという女性はしっかりと物事を理論立てて考えることが出来るようだ。なら、この異質な状況、彼女に相談するのも悪くないだろう。
「魔獣の行動原理の基本の一つとして生命を害するという点があげられる。あいつらは動物みたいに繁殖機能を持ち合わせていない。ならば人質など取らずに躊躇いもなく首を掻き切っていなければおかしい」
「最初は安全に逃げるため、と考えましたが、ここは隠れる場所も多いです。木々に紛れてしまえば簡単に逃げ遂せることが出来る。だから、他に目的があるはずです」
ああそうだ。やはり考えが回る。
「そして目的があれば、その過程で人質を取らなければならなかった。と考えればどうでしょうか?」
「そんなことはあり得ない。あいつらバケモノがそんな高尚な頭は持ち合わせているものか」
「ですが、そう仮定をすればあの魔獣の行動にも、意味合いを見出せると思いませんか?」
「馬鹿馬鹿しい。あり得ない。そんなことあってはならない」
あり得ない。自分に言い聞かせるように、その言葉を心の中で反復し唱える。
あの魔獣どもに目的がある?
人類の敵であるだけの魔獣如きに目的?
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
だってあり得ない。
あってはならない。
だって、そうでなければ僕が今まで殺してきた魔獣に心が在ったかもしれないじゃないか。
それは姿形は違えど、人と同じだ。
「そう、人と同じ。意志を持ち、目的のために何かを行うのであれば」
こ、コイツ。今僕の心の中を読んで。
「けど、人だって同じですよ。戦争で罪のない命が奪われることもある。遠い神話の神様だって下らない理由で戦争を起こし合ってるんです。今目の前に在る命を守れるなら、それは大義名分じゃないですか?」
「……」
「少なくとも今、千寿流ちゃんの友だちの命が脅かされています。なら、私は逃げも隠れもしません」
そう言うとクラマはナイフを足元に捨て、両手を上げる。
人質は取れど魔獣に人語を話すことは無い。意思疎通を行う手段は無い。抵抗をしないという意思表示。クラマはひとまずこれで相手がどう出るか様子を伺うことにした。
「キヒヒヒヒヒ」
その瞬間だった。不敵な嗤い声が聴こえたと思った時にはもう遅かった。魔獣は武器を失い無防備になったことを良い事に、人質に取っていた子供たちの身体諸共貫き、蔦の様に触手を伸ばしクラマに襲い掛かる。
「ッ!?」
足元に落ちたナイフを蹴り上げ、流れるような動作で逆手に掴み直すと、そのまま回転しながら襲い来る蔦を弾き返す。
「う、うわぁあああぁああぁぁっ!!」
千寿流はあまりの惨状に、頭を両手で抑え、悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込む。星一朗は千寿流と魔獣の間に割って入るように移動すると、手を無理やり掴み、引っ張り上げる。
「クラマさんっ!すぐに戻る、君に任せていいかなっ!」
「はい!ここはお任せをっ!」
「うぅうぅうあうあううぁうッ!!なんでっ!?なんでっ!?なんでっ!?」
(ダメだ言い聞かせてる暇はない。近衛さん、ごめんよ)
そう心中で一言、千寿流に対して謝罪をすると、ロキのグリップの部分をお腹に無理やり叩きつけた。
「ぁ……ぅ」
(しまった、白目を剥いて気絶してしまった。こういう時って首元をコツンと叩くんだっけか)




