落ちて堕ち行く2
(さて、どうしたものか)
近衛さんは心中相当に不安定な状態にあるみたいだ。まあ、それも無理のないことかもしれない。クラマさんの話を聴く限りでは、昨日ともに談笑して遊んだ友人と今日学校で会う約束をしていた、ということだ。
仮に僕が同じ立場だったとして、平静を保てるかというとどうだろうか。気丈に振舞って見せても不安と怒り、無力な自分への情けなさで落ち込んでしまうだろう。人生経験の浅い僕なんかが掛けられる言葉なんてなかった。
だから、言葉じゃなく行動で。近衛さんの友人を一刻も早く見つけ出して、安堵の表情を作り出してあげたかった。
だから、一刻も早く。
大丈夫、学校というものは火災が起きた際、児童が安全に避難できるよう日頃から防災訓練を行っている。もちろん、火災報知機、防火扉や、避難ルートについても完璧とはいかないまでも十分な対策が講じられている。
火の回りも最小限に抑えられるような想定で設計されていることを、防災訓練の度に耳にタコが出来るレベルで言い聞かされている。逃げ遅れる、なんてことは基本的に無いはずなんだ。
あの学校には昔僕も通っていた。僕がまだ二年生になった時の事、一度大きな地震があったんだ。
当時は導の再来だとかなんとか騒ぎにはなったが、結局関連性は無いということで落ち着いた。なぜ関連性が無いと言い切れるのか、という疑問は今もまだ僕の中にしこりを残しているが、だからといって当時の僕には反論の証明となる様な根拠も示せなかった。
幸い夜遅く学校内での負傷者は出なかったが、それを機に安全面での見直しや、設備の一斉点検、新たなる災害対策の導入などが行われた。だから、間違いなくあの頃より安全なはずなんだ。
その際に学校が一時休校になり自宅待機となった。突然の休日に、僕は考えていた下らない疑問なんかすぐに忘れてしまい、自由気ままに漫画を読んだりできて嬉しかった記憶がある。
しかし、こう実際の被害を間近で見ると、とても笑えるものじゃない。誰かが傷つくのであれば災害なんて無いほうが良いに決まっている。
対岸の火事だから笑っていられる。けど、火事はこうして起きているんだ。もし、時間を戻せるのなら、あの頃の僕を引っぱたいて説教してやりたいところだ。なんて、馬鹿馬鹿しいか。
「あ、星ちゃん!あれって!」
公園の端に数人の児童が集まっているのが確認できた。
「ん、あの子供たちがどうしたの。ん、もしかして?」
「うん!シュウちゃんたちだよ!よかったぁ!無事だったんだ!」
(いや、おかしい。なぜ、こんな公園の端に集まっているのか。なんだ、何か理由があるのか?)
「行きましょう、千寿流ちゃん、星一朗様!」
今まで海の底のような昏い表情だった千寿流の表情が太陽のように明るくなる。
「いや、待って。何か様子がおかしい」
何か異変を感じ取った星一朗は千寿流たちを左手を広げ静止させる。同時にクラマも何かを感じ取り、腰に備えたナイフを握り警戒を強める。千寿流は二人のその表情の意味が解らず困惑するばかり。
しかし、かといって近づかないという選択もあり得ない。せっかく千寿流友人たちを見つけることが出来たのだ、彼らの中に千寿流の安否を気にする者がいてもおかしくない。
ゆっくりと近づく。星一朗とクラマを先頭に、千寿流を囲むようにして。そして、千寿流の友人の何人かが千寿流たちの姿を視認する。期待していたのは安堵の表情。友だちと再会できたことを喜ぶ満面の笑み。
「千寿流ちゃんっ!来ちゃダメーっ!逃げてーっ!」
「へ?」
予想外の言葉を掛けられ、ますますに困惑する。いったい何が起こっているというのか。
「ん、何があったのー!?なんであたし行っちゃいけないのーっ!?」
千寿流はいてもたってもいられなくなり、素直に疑問をぶつけることにした。仲間外れ、万が一にもそんなことは考えたくないけど、もし他の理由、たとえば、怪我をしていて迷惑を掛けたくないとかだったら見過ごせなかったからだ。
「気を緩めないで。何かがおかしい」
星一朗の忠告を胸に、気を張り続けたまま慎重に近づく。その時、彼らの後ろにある影が、ユラリ、と歪んだような気がした。ソレは千寿流たちを視認すると、何もない空間からぬるりと姿を現した。
魔獣だ。日中、まだ日も高いにも拘らずそれは黒く昏い闇の様。
影から現れる。前にもそんな魔獣を見たことがある。けれど、視た瞬間、別の個体。全く違う存在なのだと理解できた。だって以前、川崎市を貶めていた影の魔獣とは姿形が似ても似つかない。
ソレは鋭い棘のような突起が全身から飛び出しており、カマキリのように腕には細長い刃が生えている。
ソレの身体は筋繊維が窺えるものの細長い形状をしていた。カマキリの足と呼べる部分には疣のような物がブクブクと浮き出ており、そこから伸びる様に棘だらけの触手が蠢いていた。
ソレは視るだけで嫌悪感を催す邪悪。人類の敵。
そして、例に漏れず全身が黒く、赤い血管が走っている。紛れもない魔獣そのものだった。
そうして千寿流はその意味をようやく理解する。彼らの首元には揃いも揃って、動けば貫くぞと言わんばかりに、棘が生えた鞭のようなモノが当てがわれていたから。




