落ちて堕ち行く
通常、災害などで校舎が機能しなくなった際に取られる処置として、体育館や、近くにあるホールなどで入れる人数を調整などし、臨時的に行われることが多い。
地震などの災害が起きた際は学校なんて通う余裕などないのが現実ではあるが、実際は学校というものはその大きさからも分かる通り、非常に強固な造りとなっていることが多いのだ。
ただ、今回の様に学校だけを狙われるというケースもある。
この辺りに学校の代わりとなる様な大型の体育館のようなものは無い。多少大きめの公園があるが、生徒全員が集まるのはとてもじゃないが不可能だろう。
仮にそうだとしても、放火の原因が魔獣だった場合、この周辺に魔獣が出現するという可能性が消えない限りは、通うだけでも危険が伴うわけだ。
それにあたしたちは実際にこの辺りで魔獣に遭遇している。つまり、校舎が復旧するまで違う場所で授業を受ける、とはいかないだろう。
恐らくは授業の再開など、目途が立つまでは自宅での通信形式での授業となるだろう。体育など実際に学校に出向かないと行えない科目に関しては、一体どういった形式になるのだろうか?画面越しで監督するには少々無理があるし、もしかしたらなくなるかもしれない。
運動音痴であるあたしにとって、正直、体育の身体測定や持久走なんかは好きではなかったけど、身体を動かすことや、友だちといっしょになってスポーツに勤しむこと自体は嫌いではなかったので、嬉しさ半分、寂しさ半分といったところだ。
「この辺りで連絡も取らず皆さんが集まれる場所というと、この新海公園しかありませんが。千寿流ちゃん、もしかしたら皆さんがいるかもしれませんよ」
「教員が咄嗟の判断で多くの生徒を誘導しなければいけないのなら。そうだね、僕もこの公園を選ぶだろうと思っていたよ」
案の定、公園はがやがやとざわついていた。賑わっていた。という表現は少し違う。ぐるりと見渡してみる。命が助かって安堵をしている、といった表情なんて一つもない。この空間を支配しているのは昏く淀んだ灰色。
困惑、当惑。鳴き声、怒声。これからどうなるのか、という不安からの右往左往の体を成していた。
当たり前だ。魔獣を一度も見たことない子だって少なくないはずだ。腹を空かせて山を下りてきた血の気立った猛獣とも違う、血の通わない混じりけの無い純粋な害意。理由もなく冷酷にただ命を奪うだけの純粋悪。
そんなものを一目でも視てしまったのなら、その日はとても安心して眠ることなど出来ないだろう。
あたしだったら。
あれ?
あたしはどうだったんだっけ?
魔獣を初めて視たのはいつだっけ?
あの日タルトちゃんに出会って。クラマちゃんを探すことになって。
それで初めて会った魔獣ってなると、港区の森で星ちゃんが倒してくれた植物型の魔獣ってことになるのかな?
いや、あたしは姿をしっかり見たわけじゃないから、結九里を出た後に遭遇した人型の魔獣?
あの時、確かにあたしは怖いと思ったけど、そこで出会ったお兄ちゃんも同じぐらい怖かった覚えがある。ましてや怖くて眠れなくなるなんてことはならなかった。
じゃあ、記憶をなくす前、もしかしたらあたしは既に魔獣と出会っているということなのだろうか?その事実が記憶が無くなった状態でも深層心理で働いて、怖いと感じなかったのだろうか?
「どう、近衛さん。君の友だちとやらはいたかな?」
星一朗の声にハッとなる。いけない、今はそんなことどうでもいいのだ。
「ううん。いない。やっぱり」
見渡す限りにそれらしい人影は無い。注意深く何度も何度も見回してみるけれどやはりいない。
「この公園は広い。中に入って探してみよう。いくよ、近衛さん」
星一朗はそう言って千寿流の腕を掴むと、疎らに立つ人波を避けながら早足で進んでいく。周囲を警戒していたクラマも一歩遅れて、千寿流たちの後を追いかけることにした。




