狂天3
事態は最悪を呈している。昨日友人と話し、ともに笑い合い、これからもこの場所でいろいろなことを学んでいくのだろうと思っていた学び舎は燃え盛り、今も轟々と音を立てながらそんな細やかな希望を燃やし尽くしている。
それでも少しだけ。ほんの少しだけ。それは目の前に在る赤い火とは対照的な静かな青い炎だろうか。かつて神話の中でゼウスがパンドラに贈った、災いの箱に一欠けら残っていた希望の様に。微かな希望の火が灯る。
なぜなら、目の前に立っているのは千寿流のかけがえのない友だちの一人。紛れもなく、富士野星一朗その人だったから。
「危ないところを助けていただき有難うございました」
「ああ。でも僕が思う疑問としては、なんでこんなところで突っ立ってるかわからない、ってことなんだけど」
星一朗は魔獣の消滅、そして周りに他の魔獣の気配が無いかを確認した後、拳銃を器用に回転させながらホルスターにしまう。その所作は洗練されており、さながら西部劇に出てくる保安官のようだった。
「それは……」
クラマはところどころを掻い摘んで簡潔に話す。
「なるほどね。学校で待ち合わせの約束をしていたと。確かにこの学校で待ち合わせをしていたのならひとたまりもない。恐らく、みんな火の海の中、助からないだろうね。君が絶望してしまうのも解るよ」
「……っ」
逃げようとしていた。辛く酸鼻な現実から。救いの無いシナリオはたくさんだ。ゲームの中だけでいい。
ゲームの中で誰かが苦しむだけなら、プレイヤーであるあたしは傷つくことは無いのだから。だから、感情移入してのめり込むことはあっても、その先にある辛い真実からはいつだって目を逸らしてきたんだ。
それに、ゲームであるならば、もしどうしようもなく辛いシーンがあって逃げ出したくなっても、その場で電源を落としてしまえば現実に逃げることも出来る。グッドエンディングが存在するならば攻略サイトを見てでもハッピーエンドを探すだろう。
それなら、笑顔でいられる。
幸せな現実に。
パパとママがいて、シャルちゃんやクラマちゃんがいる。大切な人がいる幸せな現実に戻ってこられる。そのなかには、昨日笑いあったみんなの姿もあったんだ。
けど、星一朗は“助からないだろうね”とはっきりと言い切った。
そうだ、それはそうだ。
“あたしの友だちはみんな学校の、この火の海の中で死んでしまった”
そんなバッドエンドで終わるということは解ってたことじゃないか。だから、こんなにも悲しいんだ。
改めてその現実を突きつけられて、希望を持ち直しかけた顔を俯かせる。
「けど、まだ諦めるには早すぎるんじゃないかな?」
「それは、まだみなさんが学校にいると決まったというわけではない。という話でしょうか」
「まあ、あくまでも可能性。君たちがどういった事情で学校に集まったのか、どこで待ち合わせたのか分からないから無責任なことは言えない」
星一朗は千寿流に手を差し出しながら言う。
「放火か事故か、自然発火かも分からないんだ。もしかしたら火事にいち早く気づいていれば、皆上手く逃げ出せているのかもしれない。ほら、君が諦めてどうするんだよ」
「け、けどっ!LILLEには何の連絡もないんだよっ!?あたし、さっきも大丈夫なのって何度も送ってる!でも未読スルーのまんまだよ!無事だったのなら一言ぐらい返事くれてもいいと思わない!?あたしは、だって、こんなに、心配してるのにっ」
千寿流は差し出されたその手を握ることが出来ず、矢継ぎ早にまくし立てる。声に出してその事実を現実と結び、積み上げていくたびに、可能性という希望が音を立てて崩れていく気がした。
「……火事の際にスマホを手放すことになったのかもしれない。もしかしたら、あまりの衝撃的な出来事にスマホを確認するという、当たり前の行為すら忘れているかもしれない」
星一朗は自分で言っていて少々苦しいと思ったのか、少し言い淀む。それもそうだ、千寿流の友人というのが何人いるのかは分からないが、学校で会うことを約束していた、その全ての人間からの反応が無い、という事態は考えづらかった。
「仮にそうだとしても、ちっぽけな君がここにいて出来ることなんて何もない。消防隊の邪魔だよ。だから、今はこの場を離れることを考えるんだ。立て、近衛さん」
「うん。だよね。ごめん、星ちゃん」
あたしは力の抜けた足腰に、無理やり喝を入れ何とか立ち上がる。
(なんだ、随分と凛々しい表情も出来るようになったじゃないか)
少し厳しい言い方になってしまった。
内心しまったと思う星一朗だったが、どうやら杞憂だったようだ。その精悍とも取れない表情に、ちゃんと成長してるんだなと感心した。




