【閑話】彼女たちにとっての僕
100話記念で公開しようとしていた箸休め的な回です。続きではないので、内容的には読み飛ばしてもOKです。
あたしたちは今、海に来ている。
海といっても藤沢市の大型レジャー施設の一角にある、いわゆるテーマパークだ。
まあ言ってしまうと、バラエティに富んだ様々なシチュエーションが用意された巨大プールである。正直なところ海よりも海、というか楽しいところだ。
水着は持っていなかったので、レンタル用の物を借りた。けどレンタルと侮るなかれ、年代別に様々なデザインのものが取り揃えられており、選ぶだけでも時間を要してしまったぐらいだ。
服がふわっとしていて判りにくかったが、クラマちゃんは結構スタイルがいい。ビキニになってラインが露わになったこともあり、おっきいところは大きく、引き締まった部分は引き締まる。素人目だけど完璧なプロポーションだ。
その証拠に美少女ということもあり、周囲の注目を少なからず集めていた。本人は特に気にしている様子はないみたいだけど。
(あたしもあんな風になりたいな、ん?)
掲示板には“一週間遊んでも遊び足りない”という謳い文句と共に、仲睦まじい家族が写っている。
普通のプール、よくある様な流れるプール。ウォータースライダー、ちょっとスリルを求める人向けの山を模したマウンテンスライダー。時間で道が切り替わる水上迷路。海賊になりきっての宝探しなど、様々だ。
他にも海を感じることが出来るシーエリア。室内にいながら夕涼みを体験できるサンセットエリア。水着のままでも乗れるジェットコースターなどの遊園地向けアトラクションなど、一週間以上楽しめるようなわくわくが詰まった空間だ。
また、お腹が空いてもいいように、食事をすることが出来るちょっとしたレストラン街もある。こちらも水着のまま利用可能であり、もちろん現金やカードを持ち歩く必要などなく、精算は手首につけた専用のカードキーで行い、後でまとめて、といった感じだ。
これでもかとサービスが詰め込まれた遊びの空間。謳い文句通り一週間程度では遊びつくせないといえるだろう。市外は魔獣の存在もあるので、軽い気持ちでおいそれと足を運ぶことは出来ないものの、それでも一度来てみたいという人は後を絶たない。
「ねぇね、すっごい!すっごい!これ全部プールなの!?あたしこんなすごいところ初めて来たよ!」
「シャルルは べつに すごいともおもわないよ。うちには ないけど」
「シャルちゃん!あっち!なんかイベントやってるっぽい!行こ!」
「うん!」
あたしはシャルちゃんと手を繋いで、がやがやと人が集まるところに向かって、気持ち早歩きで向かうことにした。
本当は走りたい気持ちでいっぱいだった。当たり前だけどここでは走ることは禁止されている。だから、気持ちだけでも駆け足で。
「ふふふ、二人ともとっても楽しそうですね。帰る前に少し足を延ばしてここに来てよかったです。そう思いませんか、夜深様」
「まあね。君たちとはここでお別れになっちゃうし、最後に楽しい思い出が残せるなら僕も嬉しいよ。ほら、君も楽しんできたらいい」
「私は。その、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。私は、その、従者ですので」
「何言ってんの?隠してるつもりかもしれないけど、身体、疼いてるんじゃないかな?君もまだまだ子供なんだから、楽しんでいかないと」
「それは、その……」
「だってさ、君はまだ若いけど、あっという間に二十歳を迎えて、気づいた時にはもう過去を振り返るしかなくなるのだから」
若いころは苦労すべき?それとも楽しむべき?
そう訊かれたのなら、僕は迷うことなく楽しむべきだと答えるだろう。
確かに“若い時は苦労を買ってでもしろ”なんて古い言葉があるけれど、苦労ってのは文字通り、苦しい労なのだ。誰しもが苦労なんてしたくないと思っていることだろう。じゃあ、なんで苦労をわざわざ買ってしなければいけないのか。
人生は短い。
現代は医療の発展や食品の品種改良が重ねられ、男女合わせての平均寿命は百歳近くを記録している。道行く人なんかを見ると七十、八十歳でも背筋を伸ばして歩いている人が何人も見受けられる。今後も医療がもっと発達していけば、見た目年齢すらも若返っていくだろうといわれていた。
けど、魔獣の出現により、その儚い未来は崩れ去ってしまった。それに乗じた火事場泥棒や、異能絡みの詐欺が横行するなど、治安が悪化する。魔獣の存在は言うまでもなく恐ろしいものではあるが、もしかしたらげに恐ろしいのは人間だと云えるかもしれない。
何にせよ、これらの事情により、平均寿命は大きく下がることになる。
街の中は安全?
そんな保障なんてどこにもない。確かに都市にはそれぞれ多かれ少なかれ、ギルドや自警団の様な物が存在しており、掃討に当たっている。けど、それで絶対が約束されるわけではない。
川崎では影の魔獣は都市に入り込み、子供たちを攫っては甘言で取り込もうとしていた。あのまま放置していたのなら、子供たちを介して都市全体をその手中に収めんと動き続けていただろう。そうなれば、都市に住む住民全てが命を落としていた。そんな未来があったかもしれない。
いつ死ぬかわからないのだ。
だから、苦労なんかより楽しいことを選ぶべきなのだ。
「う、えっと。そ、そうですね。はい、行ってまいります!けど、一人忘れています」
「ん、何この手?」
クラマちゃんは僕に向かって手を差し伸べていた。
「夜深様がいくつかということはお尋ねしませんが、十分お若いと思います。なら、楽しまなくては損。ですよね?」
「……」
「クラマちゃーん、夜深ちゃーん!何やってんのー?ほらほら、早く来てよー」
「ふたりとも はーやーくー!」
あちら側から千寿流ちゃんたちの呼ぶ声が聴こえた。それは無邪気に遊ぶ等身大の子供そのものだ。
年長者として保護者のような立場で接してきたけど、それ以前に彼女たちにとって僕は“友だち”なんだろう。じゃあ、“楽しい”を選ばないと失礼だよね。
どうやら僕は気持ちまで年寄りのつもりでいたみたいだ。
「っふ、そうだね、行こうか」
そう言って僕は差し出された手を握り返した。




