一人芝居
それらは一見すると生きているのか死んでいるのかもわからない。皆が皆、優雅な装いで、劇団の様な煌びやかさがある。ただ吊るされているという事実が、生者ではないことを証明していた。
ああ、この時間が堪らない。
両手を頬につけ、恍惚とした表情で糸に吊るされた人型を舐める様に視姦する。
その瞳には異様な輝きが宿り、まるで買い与えられたゲームを目の前にした、子供のような無邪気さが溢れている。口の端からは一筋の水が滴り落ち、その光沢を帯びた唇は快楽の証として輝いていた。
彼女の本性を知るものは少ないが、この姿を目の当たりにしたのならば皆が口を揃えて狂人と呼ぶだろう。
あたしの可愛い人形たち。あたしだけの、あたしのためだけの、あたしのためだけに動く人間たち。
この部屋には誰もいない。だから、今だけはこの世界にはあたし一人しかいない。
あたしのための空間、あたしのための劇場。
彼女は狂おしいほどに愛おしげな笑みを浮かべながら、部屋の中を優雅に踊る様に歩き回る。その指先には目に視えない程に細い糸が括り付けられている。彼女の寵愛を受けた人形たちは、その姿勢を整え優雅に踊り出す。
恐らく彼女の脳内には優美な音楽が流れ続けていることだろう。それはチャイコフスキーか、はたまたハチャトゥリアンか。彼女のみぞ知るところだ。
「ふぅ。この充足感が必要。世の中には醜いものが溢れすぎている」
ひとしきり踊り終えた彼女は、小休止をしようと近くの自販機へと足を運ぶことにした。
(なにこれ、しらすラーメン?絶対に美味しくないでしょ)
そう馬鹿にしながら隣のカレーヌードルに指先を持っていこうとしたが、ふと思い出して考え直す。
たしか藤沢市の南に位置する江の島はしらすが有名だったかしらね。けどそれは昔の話じゃないのか?あそこは周りが海だし、復興に伴い大規模な海洋施設を建設しているという話だったはずだ。
そのためか、カップラーメンのパッケージには関連性を示す文言が全く入っていない。けど、別にそんなこと気にしなくていい。しらすが有名なら売りにすればいいのにと思った。
昔懐かしの。といった感じだろうか。何にせよ、なるほど。つまり名産品というわけだ。いや、名産品がなんだ。カップラーメンみたいなインスタント食品に、海産物でもあるしらすが合うわけもないのだ。あたしは同じ理由でシーフードヌードルも嫌いだった。
馬鹿馬鹿しい、なにがしらすラーメンだ。美味しいものと美味しいものを合わせたら美味しくなるなんて小学生の発想だ。食べ物で遊ぶんじゃない。
「美味しい。なにこれ、え、嘘。美味しい」
コテージに帰ったタルトは口に手を当てそう漠然とつぶやく。その味わいは彼女の口の中で広がると、驚きとともに先ほどとはまた別の、幸福な表情を作り出していた。無難よりも興味。勇気を出してこちらのボタンを押した、先刻の自分を褒めてやりたいところだ。
しらす出汁をベースにしたあっさり優しい塩味スープのラーメン。カップラーメンに入る量としては少なくないしらすはインスタント用に加工されており、新鮮とはいえないものの、その旨味をいかんなく発揮していた。
パッケージに描かれた何とも言えないキャラクターが、これまた何とも言えない笑顔を浮かべていたが、今あたしの顔はもしかしたらそんな表情になっているかもしれない。恥ずかしくて窓に映る自分の姿を視れなかった。
「よし、これで終わりね」
服の手入れが終わり、いつもの服に袖を通す。ぶかぶか過ぎる袖に、ところどころ金の意匠が入ったお気に入りの服。あたしの相棒といってもいい。
お気に入りの服を着れば気持ちが引きしまる。服を着るだけでと思われるかもしれないが、それはきっと自分が本当に気に入る服に出会えていないだけだ。色々な服を買って、袖を通していくうちに本当に気に入るものに出会う日が来る。
なんてことない“運命の出会い”というやつだ。もし今何か行き詰っていたり、上手く行っていないことがある人は、新しい服を買うことを試してほしいところだ。
あたしは人形を袖にしまい込むと、再びコテージの外に出る。
(今は目的のため、淡々と動くしかない。けど、使える手足があったほうが楽なのも事実)
時矢たちは当てにならない。というかあんな別れ方だ。次会っても殺し合いになるだけだ。とはいえ同席していなかっただけで、あの集まりには他にも仲間はいる。
いや、仲間という表現はちょっとおかしいか。あんなのを仲間なんて云うのなら、道ですれ違う他人のほうがよっぽどマシというものだ。
けど、みんなそれなりの能力者であることも事実。つくづく難儀な人種だと思った。だから背に腹は代えられない。
(しょうがない。まずはリオンくんかな。あの子ならあたしに賛同してくれるはず)




