憂鬱を照らすオレンジ
その後あたしたちは、同じように来た道を同じように時間をかけて、やっとの思いで地上に戻ることが出来た。
今は近くの休憩所のスペースに背中を預けていた。終日無料開放されており、談話スペースのようなものまで用意されている。けれど、今はあたしたちの他に誰も居ないようだった。
その間、シャルちゃんは変わらない調子でみんなに声をかけ続けていたけど、その言葉に曖昧な返事を返すことしかできなかった。
長い間閉鎖空間にいたこともあり、単純に肉体的にも精神的にも疲弊していたこともあるだろうが、ロニーと名乗った人から言われた事実が重くのし掛かっていたのだ。
最初は野放しに出来ないと追いかけたのがきっかけだ。来希ちゃんのこともあった。心配だったんだ。だから、誰がやっつけたとしても結果は変わらない。むしろ喜んでいいはずの結果なのに。
それでも、この胸のもやもやは晴れることはない。
それはきっと。あの言葉を聴いたからに過ぎない。
“私はもう一度訊いてみたいんです。あの魔獣の本心を。分かり合えずとも、倒す以外に道は無いとしても”
だからクラマちゃんは特に。顔を覗き込むことも躊躇われるぐらいに思いつめた表情をしていた。
「……」
誰も口を開かない。仕舞いにはシャルちゃんも口籠る様に黙り込んでしまった。
「っち、辛気くせえったらねえ。オレはもうお役御免ってことで行っちまってもいいんだよな?」
そう言えば風ちゃんは地上に戻るまで、という約束でついてきてくれたんだっけ。じゃあ、引き留めるのも悪いような気がする。風ちゃんには風ちゃんの目的があってあの場所にいたわけだし。
あれ?なんで風ちゃんはあんな所にいたんだろう。それについては気になったことはあったけど、結局訊けず仕舞いだったな。この機会に訊いてみるのもいいかもしれない。
そう思い、あたしは風ちゃんに声をかけようとした。その時だった。
「おい、千寿流」
名指しで声をかけられる。
「へ?えっと、なに、風ちゃん」
「魔獣と対峙した時にお前の投げた傘。ただの雨傘じゃねえよな。それをどこで手に入れたんだ?」
「これはその、結九里で、武器とか売ってるおじさんの店で買ったんだよ。ちょっといい素材使ってるって言われたけど、普通に傘としても使えるんだよ、ほら!」
そう言いながらあたしは傘を広げて見せた。いかにも子供用といった感じで、オレンジ色をベースに黄色の星や音符が描かれている。中から覗くと青空に雲がプリントされていて、遊び心を感じられる素晴らしいデザインだ。
「見てみる?」
千寿流から傘を受け取る。
なるほど、傘の素材というとグラスファイバーやカーボンなんかがあると聞くが、この傘はそのどちらでもないようだ。グラスファイバーやカーボンは丈夫だが、地面に叩きつければたちまち折れてしまうだろう。そもそも傘は武器じゃないからな。そこまでの強度を求められることはない。
千寿流は武器屋で購入したと言った。ならば武器の制作で使う鋼なんかが使われているのか。いや、そんな重みはこの傘にはない。詳しく聞くならその武器屋の店主に問い質す必要がありそうだが、結九里となると今は無理か。
風ちゃんは傘を食い入るように調べた後、もう分かったと言いながらあたしに返してくれた。
「あれいくらだっけ、シャルちゃん?けっこう高かったよね」
「わかんない!」
あたしも忘れてるから人のことを言えないけれど、シャルちゃんに財布の紐を握らせるのは怖いなと少し思った。
「じゃあ、オレはもう行く。縁があったらまた会うこともあるかもな。あばよ」
「あっ」
一方的な別れの言葉。話しかけ引き留めようとしたあたしを見向きもせず、風ちゃんはそのまま踵を返すと歩いていってしまった。
風ちゃんはゆっくり去っていく。追いかけて声ぐらいは掛けれたのかもしれない。追いかけようとしたけど、そう思ったけど、結局足は動かなかった。だって、しょうがないよね。あたしには引き留める権利なんて無いんだから。
「さて、そろそろ日も暮れてくる頃だ。一度ホテルに向かおうか。当面の目的、とは言っても来希ちゃんの行方は分からず仕舞いだし、件の水性の魔獣はあのロニーという人が倒してくれたみたいだし、ひと段落ついてるのかな?」
「えへへ、そうだね。うん、あたしも少し疲れちゃったかも。いこ、みんな」
全てとは言わないけれど、無事目的は達成できた。夕日がまぶしい。あたしはそのオレンジを遮る様に手を翳す。今日が終わりに向かっていく。そうだ、終わってしまったんだ。
クラマちゃんがいないということで始まったこの奇妙な冒険は、クラマちゃんに会えたことで終わりを迎えるのだ。
それはきっと喜ばしい事。だから、笑えばいいんだ。けど、あたしは嬉しさの他にも寂しさを感じている。
この冒険を楽しんでいた自分がいる。辛い目にも遭ったけど、楽しい事にも出会えた。家にいるだけでは出会えない色々なことを体験できた。でも、家に帰ればいつもと同じ日々に戻るだけだ。だから、寂しい。
夕日がまぶしい。それは今のあたしの気持ちを映し出すように、オレンジ色に照らし続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ話は続きますが、これで千寿流たちの冒険にもひと段落つきました。




