答え無き問い
「ああ、もしかしてお前らが探してたのってアレ?なーんだ、どんなヤバいやつかと思って身震いしちゃったよ俺。大丈夫大丈夫、アレは俺がきちんと処分しておいたから」
その言葉に反応してクラマちゃんが一歩前に踏み出す。
「それにね、アイツ弱っちい癖に何人もの女性を腹の胎に取り込んでいてね。いやー酷い有様だったよ。俺も驚き過ぎて顎が外れるところだったよねぇ」
「……っ」
「ああ、でも、安心して。女の子たちは結構衰弱していたけど、みんな命には別状ないっぽかったから。救護隊呼んでおいたし、今頃適切な治療を施されていると思うよ」
それは良かった。あたしはてっきり死んじゃってたのかと思ったから。ほっと胸を撫で下ろす。けど、捕えられていた人たちが助かったと聴いても、クラマちゃんの顔は晴れないままだった。
思えば水性の魔獣が話題に上がるたびにクラマちゃんは俯いて口篭っていた。やっぱりあたしたちに話せなかった、何らかの因縁のようなものがあったのだろうか?
あたしはクラマちゃんのそのどこか苦しそうな表情を見たら、追及なんて真似はできなかった。けれど、それは間違いだったのかな。
そんな事、分からない。
「その魔獣。何か言っていませんでしたか?」
「へ?女の子じゃなくて魔獣?あーなんか言ってたかもね。けど、魔獣が話す言葉なんて聴く耳持っちゃ駄目よ。碌なことなんて言わないんだからさ」
きっとこのロニーという男の言い分は正しい。魔獣は人類の敵であり、その存在が人の為となることはない。
けれど生きていた。
存在していた。
「お前ら知ってるかな?近頃の魔獣って結構厄介と言うか、一癖も二癖もある奴が増えてきているのよ。俺は立場的にもそういった情報が嫌でも耳に入るのね」
それは知っている。
突然変異。魔獣の生態は解明されていない部分が多い。というよりは解明が完了した矢先からイレギュラーが舞い込むのだ。
まるでそのタイミングを図ったように。
神が地に這いずる愚かな人間を見下す様に。
一部の地域では、増えすぎた人類を粛清する為に神が遣わした使徒、なんていう一種の神格化の様な扱いをすることもあった。こんなことを実際口に出したら、SNSなんかでは袋叩きにされるから口が裂けても言わないけど。
事実、異能と同じ様に未知の部分が多い。ならば魔獣の存在も、奇跡の体現と云っていいのかもしれない。
「後手後手さ。きっとこれからも振り回されるだろうなぁと思うと憂鬱になる」
そう言うとロニーは千寿流たちを横切り、先ほど彼女らの行く手を阻んだ開かずの扉へと近づいていく。
「んー。こりゃ三十年近くは使われた感じはしないなぁ。まあ、ここはハズレかね?お前らこの扉の向こうにあるモノって何か知ってる?」
「いいえ。ロニー様は何かご存じなのでしょうか?その口振りからすると、何らかの見当がついているのかと思われるのですが」
「いや、ここにそんな扉があるのは知らなかったよ。もちろん、病院の地下にこんな空間が拡がっていたのも知らなかった。調査、と行きたいところだけど、俺一人じゃとても無理って話よね。これはまた後日かな」
ロニーはスマホで何枚か写真を撮った後、振り返り眼鏡のブリッジを中指で掛け直すと、ふたたび千寿流たちの方に歩きながらそう言った。
「人間ってクズばかりだよね。詐欺、暴行、強盗に放火、果ては殺人。上げ続けたらまるできりが無い。これってみんな人間の為に作られた不名誉な称号だろう?」
法律は人間の為のものだ。それは当たり前の話だと思う。けれど、ヒトがヒトを傷付けるのは事実でもある。
「聴いた話じゃ近頃は魔獣が知恵をつけたのに付け込んで、魔獣と協力関係を結んでいるなんて話も聴く」
千寿流たちが口を開かない事をいいことに、ロニーはさらに言葉を続ける。
「笑っちゃうだろう?ヒトがヒトの脅威となるんだ。戦争とかバカやってたのは昔からそうだけど、何にも進歩しちゃいない」
何も言い返せなかった。
「まあ、要するにさ。俺はお前らが魔獣と何らかの協定みたいなモンを結んでるのかなって思ったわけよ」
「ざけんじゃねえよ。さっきから黙って聴いてりゃ、なんだ?アンタの目は風穴でも空いてンのか?」
それまでロニーの自分勝手な話にイライラしながらも、黙って聴いていた風太も限界だったようだ。
「ああ、俺の間違いだ。ごめんよ。これで満足か?」
「あぁ!?」
ロニーの心の篭っていない言葉にとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、風太はその手を彼の襟元に伸ばそうとした。
「風ちゃん!」
あたしは目が血走っていた風ちゃんを抱きしめる形で引き溜める。
今止めなければ、何か取り返しのつかない事に繋がってしまう気がして。だから必死で抱きしめる。けれど非力なあたしの力なんて、何の意味も無くって。
「あぅっ」
振り解かれた勢いで、地面に倒れ込むように突き飛ばされる。
「おい。子供に当たるのは違うだろう?」
「……わりぃ、千寿流。立てるか?」
そう言いながら風ちゃんはあたしに手を差し伸べてくれた。少し怖いところはあるかもしれないけど、きっと優しい人なんだ。目の前の人よりも、絶対に。
「んー、トゲトゲ頭君。子供は大切にしないといかんよ。未来の宝だ。お前さんだけには光るものを感じたんだが、見込み違いというところかね。あの程度で逆上して頭に血が昇るんじゃあ魔獣と変わらんよね」
「馬鹿が。こっちから願い下げだ。テメェも一度言った言葉を理解できねぇ馬鹿野郎だろうが」
「こりゃ一本。あぁそうだ、お前ら“佇影の住人”って聴いたことないか?」




