開かずの扉
扉の材質は無機質な金属の様なもので造られている。表面には少なからず土が被っていて、長年開かれることが無かったことが素人目にも見て取れた。
扉の開閉は恐らくだが、横にあるカードリーダーに通行証のようなものを翳して、開く仕組みになっているのだろう。
しかし、開けられた形跡はないようだ。他に扉のようなものはない。もちろん、天井や床に抜け穴のようなものもない。つまり、行き止まりということになる。
件の、水性の魔獣はとうとう姿を見ることが出来なかったのだ。
「……」
短くない沈黙がこの場を支配する。
あたしはどうすればいいのか分からなくなり、夜深ちゃんの方を見る。
「まあ、うん。この扉は気になるよね。けど、みんなも気づいてるかな?この扉にはここ最近に触れられた形跡がない。これは予想でしかないけど五年、十年、いや、経年劣化と使われている材質から見るにもっと長い間かもしれないね。触れられていないみたいだよ」
「その通り。正解だ」
突然伽藍と広がる空間に一つの声が反響する。ここにいる誰の物でもない。男の声。この地下坑道にいるはずのない人間の声。
「君は?」
「俺かい?俺はロニー・スイートマン。よろしくな」
(ロニー。確か姉貴に昔一度聴いたことがあった気がするが。クソ、思い出せねえ)
「で、お前たち、この地下坑道、延いてはこの病院自体立ち入り禁止になってるんだけど、もしかして解らずに入っちゃった感じ?」
透過が入った黒いサングラス、髪は後ろに掻き上げたオレンジがかったオールバック。ところどころ改造された軍服の様な装い。指先まできっちりと覆ったグローブが“らしさ”を際立てている。腰には一丁の拳銃と小型のナイフが数本ベルトのホルスターに収納されていた。
あの腰の拳銃で魔獣を。そして、その魔獣の先にある何かを撃ち抜くのだろうか。
「あ、えっと、その」
気圧され、応えあぐねるあたしを庇うようにクラマちゃんが前に出る。
「私たちはとある魔獣の噂を追ってこの坑道まで足を踏み入れました。もちろん病院が立ち入り禁止となっているのは重々承知です。しかし、魔獣を放置したままでは被害が出ると考えたので」
「ふーん、そうかい。でも、そんなことは専門家に任せておけばいいと思わないかね?餅は餅屋、魔獣退治は魔獣狩りにって話よ」
クラマちゃんの言い分に、初めからそう言うと思っているよ、と言わんばかりに食い気味に言葉をかぶせる。
確かにこの人の言い分は分かるかもしれない。あたしたちみたいなやっつけなきゃ、という気持ちだけで危険な場所に踏み入れて被害が増え続けるなら、かえって迷惑になってしまうだろう。
「まあ、何が言いたいかと言うとね。お前たちみたいな素人がお遊びで突っ込んじゃいけない話もあるわけよ。報告貰ってるだけでも行方不明者、増えてるの。なら、俺が来た理由も何となく解るかな?」
やっぱり。
けど、風ちゃんも言っていた。
「っは、その魔獣狩りとやらが役に立たねえからこうして出向いてきてるわけだろうが。アンタも魔獣狩りってワケか?んだったら解るだろ。ギルドに任せてっからいつまで経っても解決しねえ」
「そりゃあ、うん。お前さんの言う通りかもね。ごめん。俺もそう思うよ」
ロニーの手が腰に備えられている拳銃に伸びる。それに反応するように風太は迎撃の姿勢を取る。風太の異能であれば異能の開示などせずとも、一般の拳銃程度であれば撃たれてから躱すことも可能だ。
しかし、ホルスターの伸びたと思われた手は、拳銃を掴むことなくそのままポケットに突っ込まれる。ごそごそと取り出されたのはタバコの箱だった。
「年々タバコが高くなっていくの嫌になるよね。この銘柄なんて一箱四千円もするのよ。それに中身もほら、昔は二十本入っていたらしいんだけど十六本しかないでしょ?計算すると一本二百五十円。ジュース一本とほとんど変わらないんだよ。やってられないって話だよねぇ」
そう悪態を吐きながらも、慣れた手つきで箱から一本のタバコを取り出すと口に咥え、手で火口を隠すと同時に火が点る。
(あれ?今ライターで火を点けたっけ)
「ああ、それと勘違いしないでくれよ、トゲトゲ頭君。俺はリベルレギオン、“傲慢”に所属するしがない掃除屋さ。言うならば魔獣狩り側ってこと。人間様に銃口を向けるなんてとんでもない」
「リベルレギオン……」
「お、何々リベルレギオンに興味がお有りで?ちょうどいい、年中欠員だらけで人手が欲しいと思ってたところなのよ!実力次第じゃ俺のお手伝いってことで、すぐに採用枠取ってあげてもいいよぉ。お前さん、強そうだしねぇ」
「いらねえよ」
「ああ、そう。好待遇で雇ってあげるのに。勿体ない。で、お前たちが探してた魔獣についてだけど、ブヨブヨの出来損ないみたいな、人語を喋る水球っぽいヤツだったりする?」
「っ!」
あたしたちは顔を見合わせた。このロニーという男の人が言っているのは恐らく――




