地下深くへと
病院の地下に広がる入り組んだ坑道は、歩く側からその空間を拡げる様に無限を感じさせる。慣れてくると自身が探検家になったように感じられて、少し楽しくなってくる。
さながら天然の迷路。これがもっと明るく、背景に陽気なBGMでも流れていたのなら、難解な迷宮アトラクションのように感じられたのかもしれない。
あれから何度か小休憩を取りながら手探りで歩み進める。
なんせこの地下道に気の利いた目印など存在しない。もちろん地図のようなものも無いので、自力でマッピングをしながらゆっくりと進むしかなかった。
幸いにもあの再生能力を持った魔獣以来、他の魔獣に出くわすことはなかったので、戦闘による疲弊はない。
また、入り口近くは足場が濡れていたり、岩突起がところどころ伸びていたりと悪路を極めていたが、それも無くなり、地面を叩いた平地が続いている。例えるならば人が歩き易いように舗装された人工的なものに思えた。
それらがどういった意味を示すのか分からないが、歩き易いと言う意味では助かった。
「っち。同じような景色が続くな。こりゃ戻る時も一苦労だぜ」
「そうだねぇ。あ、夜深ちゃん帰りの道とか覚えてる?あたしも覚えようとはしてるつもりだけど、合ってるかわからないし。最初はあたしも気をつけてたけど、いつの間にか忘れちゃってた」
「大丈夫だよ。これまでと同じ様に歩いてきた道にはちゃんと目印を付けてきてある。何も心配要らないよ」
それを聞いて安心した。折角魔獣をやっつけても帰れませんでした。では話にならない。
「あ、そうだ。帰り道と言えば風太君。君、一人で帰ろうとした時はどうするつもりだったの?その口ぶりからして目印みたいなものも付けてきてないんでしょ?」
「……」
風ちゃんは黙ったままだった。もしかして何にも考えてなかったのかな。あたしも人のことは言えないけど、風ちゃんは少し抜けているところがあるのかもしれない。
だったらやっぱりいっしょに行くことができて良かったと思った。
「皆さん。くれぐれも足元に注意して降りてきて下さい。濡れてはいませんが非常に滑りやすくなっているようです」
あれから数十分。あたしたちは大広間へと辿り着いた。これまでの長い坑道もそうだが、街の地下にここまで広い空間が存在することが信じられなかった。夜深ちゃんが言っていた通り、英雄変革によって地形が歪んでしまっているのだろうか。
大広間には何も無い。伽藍堂の様にどこまでも続く虚無の空間。まるでそこに自分がいる事さえも喪失してしまいそうになる。
きっとこの場所に一人で訪れてしまったのなら、この異様な雰囲気に飲まれ立ち尽くしてしまっていたかもしれない。
「だいじょうぶ? ちずる? たいちょうわるい? やすむ?」
ぼーっとしていたあたしにシャルちゃんが声をかけてくれた。
「え、う、うん、大丈夫だよ。ちょっと驚いちゃってただけ。えひひひ」
気を取り直して足を動かし再び歩き始める。
「随分と深くまで潜った割には空気は何ともねえな」
風太は夜深のカンテラに目を向けそう言った。カンテラは携帯式の手提げランプである。金属や陶器などで作った容器に燃料となる石油を入れ、綿糸を芯にして火を灯して使われる火種だ。昔、 鉄道開拓やトンネル内などの暗所で作業する際に照明として用いられていた。
しかし、それ以外にも空気中の酸素濃度を測るためにも用いられ、火種の大きさから空気中のおおよその酸素濃度を測ることが出来るのだ。
「つか、今はアプリで計測できるだろ。ンなのも知らねえのかよ」
そう言いながら風太はスマホに入れた酸素濃度を測定できるアプリを突きつける。その画面には大きな白文字で二十パーセントとでている。洞窟などの空気の循環が良くない場所では酸素濃度が低下し、その状態が続けば意識を失うようなこともあり得る。
「雰囲気だよ、雰囲気。冒険にはつきものだろう?そもそも魔獣がこの地下に人を囚えておこうという話なら、その辺りは気にする必要もないでしょ。囚えても死んじゃいましたー。じゃ、意味ないからね」
「っけ、面白くねえんだよ、アンタは」
夜深と風太が下らない言い合いをしていると、先を歩いていたクラマが何かに気づいたのか駆けだした。その後を続くようにあたしたちもクラマちゃんの後を追いかける。
「皆さん。あれは何でしょうか?」
クラマちゃんは立ち止まりそう言った。
「何ってあたしには扉に見えるけど。ん?」
「いや、それは見ればわかるって。問題はその扉が何でこんな地下深くにあるのかっていう話でしょ」
「確かに、良く見りゃこのだだっ広い空間も、とても掘り起こしたって感じには見えねえな。何らかの人の手が加わってる気がしてならねえ」
「……」
果たしてこの坑道には何が隠されているのか。これまでいくつもの異質を目の当たりにはしてきたけれど、こればっかりは何度体験したって慣れることはないだろう。
目の前の光景にあたしは唾をごくりと飲み込んだのだった。




