風ちゃん
「オレは辺りを見てくる。今の騒ぎを聴きつけた雑魚がいないとも限らねえからな」
「風ちゃんっ」
「わーってるよ。お前には命を助けられてんだ。約束ぐらいは守る。別に黙ってどっかに行ったりなんかしねーよ」
やれやれ、これだからガキは嫌いなんだ。オレは千寿流の声が聴こえないところまで離れることにした。
とはいえあの力、本当に何だったんだろうか。あの夜深とかいうオッサンが千寿流が投げた傘に合わせて異能を行使した?オレが見ていた限りではそんな素振りはなかったはずだがあり得る話なのか?
いや、そんなことをして何の意味がある。
ああ、畜生。慣れないことに頭を使うと痛くなる。とりあえずは窮地を駆け抜けることが出来た。今はそれでいいか。
後ろを見る。誰も追ってきてはいなかった。今ならあいつ等を置き去りにして、この場から去ってしまうことも容易いだろう。しかし、考えた末オレはそうしなかった。
何故だろうか。これまでずっと一人で生きてきた。慣れ合うのは嫌っていたはずなのに。何がオレをこの場に留まらせるというのだろうか。
それから暫くの時が経つ。遠くから足音が聴こえてきた。
「オッサンか?」
「や、すごいねえ。足音で僕って判っちゃうんだ」
白々しい。気づいてくださいと言わんばかりに、足音を立てて歩いてきた癖に何を言ってやがる。それとも何だ、分かっててやってるっていうことなのか。
「何の用だよ。別にどこも行きゃしねえ。ンなダセエ真似するかよ」
いや、嘘だ。本当はそのまま消え去ることも考えたはずだ。
「いやいや、そんなこと微塵も思ってないよ。ただ、さっき倒した魔獣とは別で僕たちは追っている魔獣がいてね」
夜深はそう切り出してから、病院に訪れた目的でもある水性の魔獣についての情報を話し始めた。
(女ばかりを攫う魔獣。オレが中華料理店で聴いた噂のヤツと同じか?特徴も何も解っちゃあいないが、ギルドで情報が規制されている以上、その可能性は十分にある)
「なんで追っている?アンタら魔獣狩りってわけでもないんだろ。十いくかいかないかのガキが魔獣狩りをやってるのは見たことがあるが、そうとも思えねえしな」
魔獣狩りとして仕事を貰えるようになる年齢は確か十二歳以上だったはずだ。だから俺が見かけたのは特例中の特例。そうホイホイ見つかってたまるかという話だ。
「本人たってのお願いだよ。言うならば彼女たちの意思だ。僕はその付き添いに過ぎない」
何を言ってるんだコイツは。命を懸ける意味がまるでない。どこの誰かも分からないヤツを助けるため?そんなのは正気の考えじゃない。
事実、この男がいなければ少なくともクラマと呼ばれた少女は死んでいた。下手をすれば全滅していた可能性も十分にあるはずだ。
スイセイの魔獣とやらが先ほどのアメーバ野郎より弱いという保証はない。こいつ等に付き合っていたら命がいくつあっても足りないだろう。
噂の通りじゃ人攫いだ。行方不明者も何人も出ている。確かに放っておけば被害は増え続けるだろう。けど、それは赤の他人だ。誰が攫われて誰がいなくなろうとも自分たちは痛くも痒くもないはずだ。
いや、こいつ等、というかクラマは来希ってヤツに命を助けられてるんだっけか。道理が通ってないってわけでもないのか。
“そうやって痛がってる人がこの世界にはいっぱいいるんだよ?体も、心もね。そんな人たちを助けて、感謝されて、お金ももらって、そんなの最高じゃない?”
ふと思い出したいつか姉に言われた言葉。あの時はオレを誘うため金の話をちらつかせていたが、姉貴は困っている人間を見ると、放っておけない節介焼きな面もあった。元来そういう性質なのだ。
無償で人助けなんて馬鹿馬鹿しいとは思っていた。けど、思えばここにいるオレも同じか。姉弟揃って似た者同士ってのは嫌なもんだぜ。
「オッサン、もうちょい特徴を教えろ。彗星っていうからには馬鹿でかい魔獣なんだろ。つーか、この地下道そんなにでかく広がってんのか?」
「……」
その後、水性と彗星を間違えていた風太を馬鹿にしながら、二人は千寿流たちのもとに戻る。夜深が来たのもクラマが目を覚ましたからとの事だったのだ。
「風ちゃんっ!」
「おいコラ、その“風ちゃん”っての止めやがれ。馬鹿にされてるみたいでムカつくんだよ」
あ、この顔見覚えがある。
なんか嫌そうな顔。前にもされた気がする。
こういうのデジャブっていうんだっけ?ジャメビュっていうんだっけ?
前にもどこかで一度同じものを見たような気がする時に使う言葉。昔難しい事ばっかり書いてあってあんまり面白くなかった漫画で見た気がするんだけどな。
「えっと、でも、風ちゃんは風ちゃんだし。風ちゃんの他に呼び方ってないと思うけど。駄目なの、風ちゃん?」
「だぁーっ!風ちゃん風ちゃん連呼するんじゃねえッ!わざとかこのヤロウ!」
「でもさ、風ちゃん。風太君の風を取って風ちゃんなんだからおかしくないと思うよ。僕は風ちゃんって響き良いと思う。お好み焼き屋みたいで。風ちゃんはどう思う?」
「千寿流はともかくオッサン。アンタは次言ったらぶん殴るからな」
拳をプルプルと震えさせてそう言う風ちゃん。
あれ、あたし、もしかしてまた変なこと言っちゃった?




