理壊の刃2
この魔獣は複数の首を持つが、そこから生えるのはどれもが嘆き訴えるような貌。到底、表情と呼べるものではない。だから実際は分からない。けれど、今声に出して驚いているのは事実。
正直なところ驚いていると表現したのは正しいかは分からない。けど、魔獣は苦しむというのは少し違う、まるで信じられないことが起こったような、あたしの目にはそんな風に映った。
それは千寿流にだけではない。この光景を観ていた全ての人間が驚愕していたのだ。ただの一人を除いて。
(あぁ、良い!やっぱり君は“本物”だ。僕をいつだって楽しませてくれる。ああ、ヤバい。飛びそうだ。駄目だ、こんな時、感情はどうすればいいんだっけ?笑う?怒る?悲しむ?それとも放棄してしまえばいいのか?)
「なんだ、ありゃあ。お、おい、オッサン。あのガキ、今何やったんだよ?」
風太も突然眼前で起こったイレギュラーに頭の処理が追い付かず、隣にいる狂気に染まった嗤貌の夜深を問い質す。しかし、いくら声をかけても反応が無かったので、手を伸ばして服を思い切り引っ張ってやった。
「ん、ああ。なによ、もしかしてトイレ?今良いところなんだから、君も黙って観ていればいいのに。映画中にトイレに立つとか情けなさすぎるでしょ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえッ!よく視やがれ!あいつを覆っていた緑のオーラが消えてんだよ!わかんねえ、何もわからねえが今がチャンスなんだ!だから、この蔦を解きやがれッ!」
風太が腕に渾身の力を籠めると、黒を凝縮したような漆黒の蔦が一本、また一本と繊維の様に音もなく引き千切られていく。
身体が自由になった風太は、不敵に笑い続ける夜深に一瞥もくれることなく魔獣のもとへと向かっていった。
(おや、並みの力じゃ解けない強度のはずなんだけどな。僕としたことが千寿流ちゃんに夢中になりすぎて異能の維持を疎かにしちゃってたのかな?)
「ウォオオオォオォオォッ!」
魔獣が咆える。芥と刈り取ることの出来る命、歯牙にもかけないような雑魚。そんなちっぽけな存在が放った想定外。
処理が追い付かない事態に窮地を意識してしまったのか、その逞しすぎる腕を振り上げ千寿流のもとへと一直線に飛び掛かる。
「うぅ、し、死にたくなっ……」
「待たせたよな。まあ、一発貰っとけヨ」
千寿流が自身の死を予感したその時、彼女と魔獣の間に手負いの狼が割って入る。体を捻り、テレフォンパンチの攻撃態勢を維持したままの高速移動。それを可能にするのは身体強化の異能。そして、その速度に追いつく天性の戦闘センス。
「__sapphireRaid」
回転を加えた弾丸。打ち出されるは狼の咆哮の如き衝撃。磨き上げられた業。まつろわぬ拳。
放たれた銃弾を視てから躱すことなど到底不可能。ましてや魔獣は激昂して周りを見失っている状態だ。だから、この一撃はクリーンヒット。必然にして当然。最高の形で決まる。
「ッッッ!?」
咄嗟に腕を前に出しガードを試みようとしたものの、間に合うことはなかった。会心の一撃を食らった魔獣は吹き飛び、直線状に並ぶ岩突起を粉砕しながら、反対側の岩壁に穴を開けてめり込んだ。
「っち、硬ってえな。殴ったこっちの拳がイっちまいそうだぜ」
オレは腕の無事を確かめる様に振る。手首がしっかりと繋がっていることを確認すると、追い打ちをかけるため地を蹴り、魔獣のもとへと駆けだす。
ヤツは再生能力と繁殖能力を持つアメーバみたいな野郎だ。潰すときは怒涛の攻めでターンを渡さずに潰しきる必要がある。
そしてあの緑色のオーラ。さっきは狐耳のガキが投げた傘で運よく解除された。あれが偶然なのか、必然なのかは判らないが、魔獣の慌てふためき様を見る限り、あり得ないといった様子だった。
何やら発動までにひと手間準備が必要みたいだが実態は分からない。また使われても面倒だと思った。
魔獣が壁を掴みゆっくりと起き上がる。その眼前は暗かった。
否、視界を覆うように人影が光を遮っていたのだ。
「ラストシャウト、声は我慢しなくてもいいぜ。行けるトコまで逝っちまいな。六方覆ウ境無キ極彩ノ影ッ!」
滝の様に繰り出される拳の雨。先ほどの一撃で半壊した満身創痍の魔獣にとってはその一つ一つが必殺の一撃。その全てを溶けだした身体で一身に受け止める。
特性は理解した。少しでも残せば再生される。なら、とことんまで殴り続けるだけ。
身体一片すらの残さず全てを滅ぼそうと決めた風太の前に、もう再生などまるきり追いつくことはなかった。




