窮鼠
技と技がぶつかる衝撃による振動で天井の岩壁が落下し、お互いに距離を取る。
ふぅ――さっきから耳鳴りが収まらねえ。あれから何時間やり合ってる?
いや、長く感じているのはオレだけで、実際は十分も経っていないのかもしれない。その証拠にアイツはまだまだピンピンしてやがる。対してオレはどうか。もって、あと数分ってところか。それ以上はもう分からねえ。
もしかしたらあの緑色の光、もしかして治癒や、疲労回復の効果もあるんじゃないだろうか。ゲームなんかでも緑色の光は回復魔法って相場が決まっている。誰が決めたのかは知らないが共通認識としてそんなイメージがある。
仮にそうだとしたら完全に詰みだ。攻撃は通らない。疲労もしない。そんな相手をどう攻略しようというのか。もしこんな奴が地上に出てきたら最悪だ。この街に住んでいるヤツらはたちまちコイツの拳で殴り殺されるだろう。
じゃあ、ここで引くわけにはいかねえな。そう考え再びヤツに向きなおろうとしたその時だった。ズキリと頭に痛みが走る。畜生、予想よりも早くガタが来たのか?いや、満身創痍だがまだ動けるはずだ。身体はもちろん、心も折れちゃいない。
だから、この痛みはオレ自身による矛盾の痛みだ。魔獣はそんなオレの苦悩する様子を楽しむように不敵に嗤っていた。
“見ず知らずの人間がどこでくたばろうが、オレには関係ない”オレがいつか言った言葉だ。けど、本当にそう思ったのか。
他でもない、オレは今その見ず知らずの人間を助けようとしている。感謝を求めるでもなく、その功績を自慢するでもなく、オレは背を向けることなく立ち向かっている。
「っは、自分でも自分の馬鹿さ加減に笑えてくらあ」
やっぱり答えは出ない。オレは馬鹿だから。
きっとこれが最期の打ち合いになるだろう。
「来いよ。第二ラウンドと行こうぜ?」
なら、簡単だ。命を燃やしてその答えを見つけてやるよ。
地面を蹴り上げ砂煙を巻き上げてからの潜り込む動作は馬鹿正直に何度も見せてきた。ヤツは聴覚が死んでいる代わりに視覚からの情報に全てのリソースをつぎ込んでいる。だから、同じ戦法といえど視界が奪われると途端に機動性が落ちる。
けど、ヤツも食らいっぱなしじゃない。視覚以外の情報。相手の習性。オレの動く範囲を予測して反撃してくる。だがそれはこちらにとってもチャンスになる瞬間だ。
魔獣の攻撃が空を切る。今しかない。ありったけを込めて放つ一撃。全力のcrystalEdge。しかし、土煙が晴れたそこに魔獣の姿はなかった。
(ヤベぇ。殺られるッ)
時間がゆっくりと流れる。目の前が徐々に霞んでいく。けど、悔いはない。命を懸けて挑んだ。そして負けた。ただ、それだけだ。
これはなんだ。たしか走馬灯ってやつか。感情の揺らぎが極限状態に達すると、脳裏に深く印象に残った記憶が次々と流れる様に通り過ぎていく――だっけか。なんてセンチメンタルな話だよ。オレらしくもねえ。
「畜生」
「はああぁああぁっ!」
なんだ?今ものすごい勢いで何かがぶつかって。ヤツの動きが止まった。
(クソっ、ワケが分からねえっ!これも走馬灯の一部って事かよ!?)
間抜けなツッコミを入れつつオレは再び動き出した時間の中、転がるようにその場から移動する。
誰かがあの魔獣に攻撃を仕掛けた。案の定あの緑のオーラのせいで攻撃は通っていないみたいだが、おかげで命拾いをしたわけだ。
「大丈夫!?え、えっと、お、お兄ちゃん!」
「あ?」
「っひ!?」
いけねえ。ビビらせちまったか。まあ。血だらけだからしょうがねえか。
オレの前に現れたのは狐耳のガキだった。恐怖からか震える身体でオレのほうを見る。もしかしてあの糸遣いが探していたガキってのはコイツの事か?いや、そんな偶然あるわけないか。
「えと、その。もう、大丈夫だよ。あたしの友だち強いから!」
「うぐぁあッ!」
先ほどオレと魔獣の間に割って入っただろう女が吹き飛ばされ、オレたちの横の岩壁に叩きつけられる。駄目だ。助けがいくら入ったとしてもあの緑のオーラを攻略しない事には状況は好転しねえ。
攻撃が最大の防御だとか抜かした奴はどいつだ?古人の言葉だか何だか知らねえが、視えてる視野が狭すぎる。圧倒的な防御の前には何もかもが霞んで見えるぜ。
「深傘 愚楽黄泉 甍 」
そう男の声が聴こえると、三日月型の黒い物体がいくつも上空を通り過ぎ、高速で天井を抉る様に反射し魔獣に降り注ぐ。波状攻撃。オレ一人では行うことが出来なかった怒涛の攻めだ。
しかし、煙が晴れたそこには全ての攻撃を避けることもなく受け切り、傷一つない魔獣が佇んでいた。




