病院の底へと
「えひひ、朝ごはんも食べてお腹いっぱい!今日はクラマちゃんが作ってくれたお弁当も持ってきたし、準備万端だよね!」
朝食を終えた千寿流たちは再び件の病院に訪れていた。時刻はまだ九時をちょっと過ぎたあたりだ。
この病院の地下がどれだけ広がっているのか分からないが、英雄変革のせいで、ところどころ地形が歪んでしまっている可能性も考えられるとのことで、実際に探索してみないと分からないという結論に至った。
「あ、えひひひ、それカンテラっていうんだよね。小っちゃいけどなんか雰囲気出てるね!洞窟探検!みたいで」
「ははは、君は気楽でいいね。その快活さにはみんな助けられてると思うから、君はいつまでもそのままでいてよね」
「え?う、うん!」
その後、夜深ちゃんは例の如く、「一度迷い込んだら二度と出てこれなくなるかもしれないよ」とあたしを脅かしに来たけど、シャルちゃんが「わるいマインドイーターを やっつけちゃえば オッケーだよ!」と励ましてくれた。
クラマちゃんの話からすると水性の魔獣は姿を自在に変えられるという事なので、天井や下に流れていっている水に擬態しているかもしれない。
つまり、歩いていたら突然上から降ってくる可能性もあるというわけだ。ホラーすぎる。あたしはさりげなく先頭から身を引くことにした。
(ごめん、クラマちゃんっ!)
とりあえず、心の中で先頭に立つクラマちゃんに謝っておく。
「お嬢様、千寿流ちゃん。足元が濡れていて大変滑りやすくなっています。それに不規則な地形が続いているようです。足元には十分に注意して進むようにしてください」
靴裏で地面を叩いて確かめてみる。確かに地面が上から滴る水滴によって濡れており、不安定な足場と相まって、気を抜いていると転倒してしまうかもしれない。
「だいじょうぶだよ クラマ!ほら!ちずるとこうして てをつないでおけば ころぶ しんぱいなんて なーんにも ないもんね!」
そう言ってあたしの手を握り、そのまま走って行こうとする。必然あたしは引っ張られる形になる。
「わわっ!?」
ふたりの声が重なり、その一秒後には地面にキスをする状態で仲良く大の字に倒れていた。
「だだ、大丈夫ですか!?お嬢様、千寿流ちゃん!」
「やれやれ、ここは僕が先行して様子を見ながら進むことにするよ」
道は一本道というわけではなく、ところどころ分岐しており、その全てを確認していては何日掛かっても探索が終わらないだろう。
千寿流からは昨日みたいに分かれて探索する?という提案が出たが、さすがにこんな前も後ろも分からないような場所での別行動は、自殺行為にも等しいのでまたもや却下されることになった。
鉱石が掘り起こされた跡がいくつもあり、一見だけなら採掘のための人工の坑道と考えてしまいがちだが、人の手で掘られた坑道というには余りにも手付かずすぎるとも思った。
似たような景色、看板も立てられていない分かれ道。先を見通せないところどころ曲がりくねる道。そして不安定な足場と、流水。
この坑道には人を迷わせるための要素が多すぎた。
加えて地上には大きな都市病院が建てられている。まるで異世界にでも迷い込んでしまったような、非現実的な風景。病院の地下にこんな広大な空間が広がっていること自体がまるで都市伝説のようだ。
この坑道の構造自体魔獣の仕掛けた罠ということだろうが、今のところ有毒ガスのようなものが仕掛けられている気配はない。足元を流れている水も確認してみたが、ただの水のようだ。
(いや、仮に有毒ガスを使って一網打尽にしたいのであれば、あそこまで巧妙に入口を隠すこともないのか)
様々な可能性を考察しながら慎重に歩を進めていく。
なるほど、視野を絞って伏兵の存在を常に疑わせることで緊張感を維持させる。じわじわと精神を摩耗させた後は弱って動けなくなった相手を襲うということか。
随分と陰湿な手を使う。そう考えると魔獣の基本原理でもある捕食というよりは監禁とかの可能性も高まってくる。目的は解らないが害する事ではないだろう。
“あの魔獣には人を害そうとか、そういった目的は感じられませんでした”というクラマの言葉。水性の魔獣が女性を捕えるという特性。それらの特徴とも一致する。
そうなると入口を何故隠していたのか?という疑問が出てくるがこればかりは分からない。もし利ける口があるなら本人に直接問いただしてみればいいか――と夜深は考えていた。
「やられたね。一度迷い込んだら二度と出てこれなくなるかもしれない。これ、さっきは冗談で言ったんだけど、もしかしたら本当に退路が断たれてしまっているかもしれないね。どうするみんな、確認しに戻る?」
「いえ、戻る道が有るにしろ無いにしろ、ここまで来たのならもう後ろに引く、という選択肢はないと思います。それにその可能性は考慮して、皆様の空腹を満たせる軽食をいくつか用意してあります。二日程度でしたら問題ありません」
その横顔は何かを決意したような、一つの迷いを断ち切ったような、そんな精悍な表情だった。
「……そうだね、ごめん、君の言うとおりだ」
表情のワケを聞いてみようと思ったけどそれは無粋だろう。夜深は彼女が自身の口で告白するのを待つことにした。
クラマの表情の変化に千寿流も気づいたのだろうか。彼女の前に立って上目を遣うように表情を覗き込む。
「クラマちゃん。辛い事や相談事があったら遠慮なくあたしに言ってね」
「え?」
「あ!あたしじゃ頼りなかったら夜深ちゃんやシャルちゃんでもいいよ!あたしたち絶対力になってあげられるからさ!」
「うん!クラマは こどもなんだから いつでも シャルルを たよっていいからね!」
無い胸を誇らしげに張りそれだけ言うと、シャルとともに先に歩いて行ってしまった。
「ま、そういうことだよね。二人を先に行かせると危なっかしいから僕も先に行ってるね」
クラマは暫くポカンとした間抜け顔で先に行く三人の背中を眺める。
「ふふ」
クスリと表情を崩し、先に行く三人の後を追いかけることにするのだった。
毎日更新なのでこうして分けているのですが、この辺りはまとめて読んだほうが読みやすいかもです。




