誰もいない病院3
「ごめん、よくわかんない。教えて夜深ちゃん!」
盛大にずっこける夜深。
「あのね、もう少し見取り図についてよく見て考えてごらん。君にも気付けるはずだよ」
その後、千寿流は五分間、見取り図と実際にリネン室に空いた穴の先にある部屋を見比べてみるものの、おかしいと思う部分はなかった。なぜならリネン室の壁の向こう側には、大きめのバックヤードを挟んでME室というものがあるだけだったからだ。
バックヤードとは患者などの外部と直接的には関わらないものを、いろいろと管理している場所らしい。つまり、病院が大きければバックヤードの規模も大きくなるということだ。
大きめのバックヤード。
大きめ。
リネン室の向こうのバックヤードは確かに広いが、見取り図で確認した形と比べると、随分と部屋の形が長いような気がした。いや長いというのは語弊がある。正確には細長い形。
そうしてようやく気付く。
「部屋の大きさ!地図と違う!」
「ご名答。どうやら君はとことんにラッキーガールみたいだね。お手柄だよ千寿流ちゃん」
隠されたバックヤードは、見取り図にない存在しない空間だった。それによく見てみると今入ってきた壊れた穴の他に、この部屋に出入りできるような扉は見当たらなかった。
「天井、見てみなよ。切れ目があるだろう?上のフロアと通じているんだろうね。機関の調査が何度も入って発見できなかったとなると、相当に巧妙な形でカモフラージュされているっぽいね」
つまり、横穴を壊す、というのが唯一の通り道だということになる。
隠し部屋を発見したあたしたちは、すぐにシャルちゃんたちに連絡を取ることにした。
「まさかこんな隠し部屋があるなんて。もし魔獣が住処を選ぶとしたら地下の可能性は高いと思っていましたが、こちらは盲点でしたね」
「すごい!さすが ちずる!えらいえらい!」
そう言いながらシャルは千寿流の頭を撫でる。
「それでどうする?あからさまに怪しい色の床があるけど、あの様子だときっと地下に繋がっているよね。このまま地下を探索するのかい?」
スマホの時計を見てみる。今は一五時四三分。中がどうなっているかは分からないけど、地下がそこまで広いとも思えない。それならば時間的には遅くないと思った。
「行こうよみんな!まだぜんぜん遅くないし、早いなら早いほうが良いよね!」
あたしは今、少し気持ちが高揚しているのかもしれない。
クラマちゃんと出会えた。それがまず何より嬉しい。そして、そのクラマちゃんを捕えていたという魔獣の情報も得ることが出来た。まあ、あたしはただ待っていただけだけど。
でも、情報を得られたのは事実だといえるだろう。
今回の病院のことだってそうだ。
この病院は結構広い。それを二手に分かれて調べるのは結構骨の折れる作業だと思う。もちろん、まだまだ調べられていない場所たくさんある。もしこのリネン室の壁の向こうを発見できなかった場合、他の場所を隅々と探して途方に暮れていたことだろう。
たまたま足を滑らせたとはいえ、こうして他の人たちが見つけられなかった隠し部屋を見つけることが出来た。
今は絶好調についている。そんな気がした。今ならなんでも上手くいきそうな、そんな漠然とした自信に満ち溢れていたんだ。
けれど、絶頂とはその先に待つのは落胆しかないという意味でもある。そんな彼女のやる気を打ち砕くような光景が目の前には広がっていた。
「な、なにこれ?」
目の前に広がるのは古びた坑道のような景色。いわば人工のトンネルだ。どうして病院の地下にこんな広大な空間が広がっているのか全く以って理解不能だが、事実として鉱石に光を反射させ眼前に広がっていた。
薄暗いトンネルは、年月の経過を感じさせる古びた石壁で覆われている。その岩肌には、数々の皺や罅が刻まれ、時の流れを物語っているかのようだ。つまり、つい最近掘られたものでないことが分かる。
壁面には水滴が滴り落ち、時折、微かな音を立てる。足元には不規則に敷かれた岩があり、足元が疎かになれば踏み外してしまうだろう。
(なんだ?何かこの床、違和感がある。それに先ほどのバックヤードも何かおかしかった)
それは違和感と呼ぶには小さすぎる感覚。何がおかしいと問われれば、分からないとしか言いようがない程に些細なもの。
しかし、夜深のこれまでの経験がこの洞窟、延いてはこの病院は何かおかしいと訴えかけたのだった。
「こりゃ、ちゃんとした準備が必要だね。いったん出直したほうがよさそうだ」
そう言いながら夜深はポンと千寿流の肩に手を置いた。
「う、うん」
坑道の中には季節感を感じさせない程の冷えた空気が立ち込める。恐らく奥に行けば、より冷え込んでいくだろう。今から探索を始めても今日中に終わるとは限らない。最悪、準備もなしに迷ってしまえば、帰ってこれない可能性もある。
焦りは禁物。焦りたくなる時ほど慎重に行動すべきなのだ。
仕方がないと思った。
「わかった。危ないもんね。今日は一回戻ることにしよう!」
そうして今日も日が暮れていく。
この病院は廃病院である。千寿流たちが去った後には誰も存在しない。聴こえるのは時折吹き付ける風の音だけ。
だから、それ以外の音がするとすれば心霊現象。かつてこの病院で命を落とした無念の声か、不運に没した怨讐の声か。どちらにせよありえない。
__コツ、コツ
しかし、誰もいるはずのない病院に音は響く。
ありえないがそこに在った。




