誰もいない病院2
「だーれだ?」
視界が急に真っ暗になる。病院の白から黒に、一瞬の出来事だった。あまりの突然の出来事に心臓が飛び出るほどに恐怖を感じた。
本当に怖いことが起きた場合は声も上げられなくなるのだと、あたしは今日初めて知った。声は上げなかったが、その代わり股間の部分が少し水っぽい。どうやらあたしはまたやってしまったみたいだ。
「あれ、無視?それとも分からないかな?それだったら僕、ちょっとショックかもなー」
その声に聴き覚えがある。そして同時にほっとしているあたしがいた。
「えっと、その、夜深ちゃん?」
「正解♪」
そう言うと夜深ちゃんは、あたしの目を覆っていた手をどけてくれた。
「うぅぅうぅうぅ」
「あら、どうしたの。涙ぐんじゃって。一人がそんなに心細かった?君も随分といろいろ経験してきたと思ってたけど、まだまだみたいだね」
「違うよぅ!あたしはっ、ぐすっ、あたしは夜深ちゃんがどこかに行っちゃったと思って、心配したんだよぉっ!」
涙も鼻水も出たままで夜深ちゃんに抱きつく。大丈夫、夜深ちゃんの匂いだ。別に匂いフェチじゃないし、良い匂いとかはよくわかんないけど、この匂いを嗅ぐと不思議と落ち着く気がした。夜深ちゃんが傍にいてくれるだけで安心できる気がした。
「やれやれ、仕方がない子だ。君を怖がらせようというよりは、少し気になった部屋があったからね。だってほら、君には見てほしくない光景が広がってるかもしれないだろう?けど、残念。当てが外れたみたいだ、何もなかったよ」
「へ?」
ここは地下一階。リネン室の扉の前に誰か人が通った痕跡を発見した夜深ちゃんが、中に魔獣、もしくは大口での火炎放射器のようなトラップが仕掛けられているとも限らないので、一足先に確認してくれたという話なのだ。
ちなみにリネン室というのは、シーツやタオルなどの寝具や洗面用具などを保管する収納室という話だ。ホテルとかにもあるらしいが、あたしは見たことがなかった。実際に中を見てみたが正直不気味だ。
「ね、何もないでしょ。いったん出ようか」
「う、うん」
本当に怖い目に合った。夜深ちゃんがいなくなるのも怖いし。この病院も怖い。誰もいないから怖い。あたしのためとは言ってくれたけど、もしそうだとしても一言ぐらい声をかけてからにしてほしかった。
あたしはもう絶対に離れないようにするため、夜深ちゃんのズボンを掴んでおこうと考え、追いかけようとしたその時だった。
「わ」
足元を全く見ていなかったあたしは、足元のシーツを思い切り踏んでしまい、思い切りバランスを崩してしまう。
「わわわわっ」
何とか転ばないようにバランスを保とうとするものの、つんのめる形で真横にある壁に激突してしまうのだった。
「痛ったぁあぁ」
咄嗟に持っていた傘を前方に押し出し、顔面を強打するのは何とか避けることが出来たが、弾かれてそのまま尻もちをついてしまうのだった。
「っうぅ。よ、夜深ちゃん?」
そんなあたしに夜深ちゃんは近づいて手を差し伸べてくれる。と思っていたら、あたしを素通りして激突した壁のほうに歩いていってしまった。
頬を膨らませながらあたしは夜深ちゃんの向かったほうに目を向けると、そこには何もなかった病院の壁に大きな横穴が開いていた。
開いた口が塞がらなくなる。
あたしは病院の壁を壊してしまった。
「壊しちゃったの、あたし?これって弁償?」
おそるおそる夜深ちゃんに訊ねる。
「ああ、そうだね」
「いくらぐらい?」
「百万円」
「ひゃ、ひゃくまっ!?えと。百万円っていくらぐらい?」
「君の大好きなのカレーうどんが千円としよう。それが千杯食べられる金額だよ」
絶望的な情報にあたしは白目を剥く。そんな途方もない額、大人になって一生働いても返せないかもしれない。いや、そもそも、カレーうどん無しでは大人になれないかもしれない。
今日から一生カレーうどんが食べられなくなると思うと、そんな人生に生きている意味はあるんだろうかと落ち込む。
そのあと病院の壁如きが百万もするわけないじゃないかと馬鹿にされ、しかも、カレーうどんなんか一生食べなくても、嫌でも大人になっていくさと言われてしまった。失礼な話だ。夜深ちゃんはカレーうどんのことを軽視し過ぎているところがある。
「なんて馬鹿な冗談は置いておいて、この病院の見取り図を見てごらん。何かおかしなところはないかな?」
そう言いながらロビーで撮ったであろう、病院のマップが記されている画像を見せてくれた。もう一度壊れてしまった壁と扉に目を向ける。
「あ!これって」
「うん、君にも気づけたかな?」
記念すべき100話ですが、全然それっぽくないですね。申し訳ないです。




