帰郷
この世界は様々な惑星が連なって形成されたツギハギの星である。その大部分が地球で構成されているものの、他の惑星から移住してきている者も少なくない。
言語などは移住先で学ぶ事になるが、生態系、環境の違いから多大なストレスを受けてしまう者もいるようだ。
先に出会ったアリシアは耳が長い種族の一人。(生態には謎も多く正式な名称は定められていない)
どうやら彼女の人体の構成物質は地球人とほぼ同じの様だが、ほかの人間と比べると体が丈夫だったり、感覚過敏だったり、病気に耐性があったりとまだまだ謎の多い分野でもある。
「僕が攻撃を仕掛ける決め手だったしね。実物は正直始めてみたけど、あの女も異星人って可能性があるのか。そういえば君も、僕みたいな地球人から見ると宇宙人ってことだよね」
星一朗の住んでいる都市には人間族しかいなかった。異能の顕現を経て、今年の初めからフリーの魔獣狩りとして活動しているのだという。
「え、なんで? あたしも地球で生まれたよ?」
「だってほら、君には狐の耳と尻尾があるだろう。少なくとも僕の知っている地球人にはそんなものは無いよ」
「で、でも、そんなことないと思うんだけど……あ、道がきれいになってきたね」
互いが持ち寄る疑問を解消しつつ歩き続ける。でこぼこした道を抜け、森を抜けることが出来た一行。
「もう少し歩けば小さな村に着くはずだ。たしか結九里。ここ数十年で出来た比較的新しい村らしいよ。随分と汚れたからね、いったんそこで休もう。」
長いあぜ道が続く先を指さし星一朗が言う。
見渡せば一時、心を奪われるような長閑な原風景が広がる。
千寿流はその聴きなれない村の名前にどこか懐かしさを覚えるのだった。
結九里は魔獣の侵入を防ぐため、分厚い木壁で村全体を囲っている。そうした上で侵入経路を絞らせ、腕利きの魔獣狩りにより、まとめて駆除しているようだ。
「まあでも、魔獣狩りといっても名ばかりで、実際は戦闘経験もろくすっぽない腕自慢の寄集めみたいだけど」
村の名前にも入っている“結”という漢字は、皆が知恵と力を出し合って村を発展させていこう、という意味合いも込められている。
とはいっても今は九月であり、魔獣の繁忙期とは少し時期がずれている。その為、街に殺気立ったような雰囲気は無い。
壁の内側は質素ながら露店などが盛んで活気がある。北側は海に隣接しており、その為、村の主な交易は漁業に重きを置かれていた。
「っわ! これ、すっごくきれい! 美味しそうっ!」
素人目にして一目でわかるほどの新鮮な鉄火丼を前にして、目を輝かせる千寿流。
「シャルル おすしって ワサビがすこしにがて」
「大丈夫だよシャルちゃん! これワサビは別だもん! ほらっ!」
そんな二人の他愛無いやり取りを黙って見守る星一朗。
森に巣食う魔獣を討伐した際の報酬代わりという事で、二人にお寿司を奢ることにした。
実際は駆除指定されている種ではない為、報酬が出ることは無かったのだが、無粋な話だ。彼女らには黙ることにした。
彼女たちのおかげで退屈が紛れたのは事実であり、星一朗にも少なからず感謝の念があったからだ。
「星ちゃんはこの村に用があるんだっけ?」
食事を終え、近くの公園で少し落ち着いてから星一朗に話を振る。
「まあ、当初とは予定が狂っちゃったからね。少ししたらここを立つつもりだよ。君達は村に用事は無いのかな?」
そう二人に尋ねる星一朗。普段と少し様子が違う気がしたが、きっと気のせいだろう。
「うん、あたし達はクラマちゃんを探してるから。聞いて回ってみていないならそれで終わりかな」
「そうか。じゃあ、ここで」
「あ、えっと、その……うん、じゃあね、星ちゃん」
いっしょにいてほしい。もっといっしょにいたい。そんなワガママをぐっと飲みこみ。別れを告げる。
去っていく背中。風が吹き、ひざ下まで伸びたロングコートが風に揺らす。夕暮れと相まってどこか哀愁を感じさせる別れの情景。
「またねって言えばよかったな……」
胸に灯る仄かな暖かな気持ちと共に、千寿流は誰にでもなく呟くのだった。
星一朗と別れた千寿流たちは、おしゃべりをしながら村を見て回る。露店なども盛んであり、先ほど鉄火丼を食べたというのに、もう少し食べてみたいなという気持ちに駆られたが、葛藤の末、我慢が勝利した。
ふと、村の郊外に位置する囲いが気になり足を運んでみる。そこには一つ石像が建っていた。
(これってお墓だよね。ちゆり? なんでこんなところに一つだけぽつんと建っているんだろう)
「ん? ありゃあ、もしかして。お~い、千寿流~!」
「え?」
遠くから男の人の声。手を振りながらこっちに向かって駆けてくる。そしてそのまま髪に触れたかと思うと、髪を無遠慮にくしゃくしゃと掻き乱す。元から癖っ毛の性質だが輪をかけてぼさぼさになる。
ひとしきり千寿流の頭を掻き乱すと、同じようにもシャルの頭を掻き乱すのだった。
「何やってたんだよ千寿流。父さんも母さんもすっごーく心配してたんだぞ! シャルのとこにいれば安心っつー話だが一報ぐらい寄こせ」
「えと……パパ?」
そうして思い出す。
湧き上がる噴水の様に記憶が次々と蘇ってくる。
――ココハアタシノ故郷
本当にあたしは記憶喪失なのか。
――記憶ハアル、ココニ立ッテ生命ヲ履行スル
目の前にいるのはあたしのパパ、近衛秋久。大人なのにちょっとやんちゃな、だけどいつもあたしに合わせて遊んでくれる優しいパパだ。
大丈夫。記憶の波で足元は取られるけど、ちゃんと立ってる。夕焼け空に照らされた街並みも良く視える。
「おい、どうした? 本当にどうした? シャル、お前、何か知ってるのか?」
「ちずるは だいじょうぶだよ!」
秋久はシャルに違和感を覚える。しかし、それもほんの一瞬だけ。シャルルージュ・クレッセンは目の前の人間だ。そう認識する。
「……なんだこの感覚、俺までおかしくなっちまったのか」
「……パパ?」
「まあいい、お前らさっさと家に来い。何があったか落ち着いてからでいいから話せ」
そう言いながら手を引こうとする秋久。
「あのさ、このお墓」
「ん、ああ、そういやこいつがいつ建てられたのか俺にもわかんねえな。覚えてねえがガキの頃からあった気もするな」
秋久は丁度ノアの暴動が終結した後に生まれたから、その事件で命を落としたんじゃないかと千寿流に話す。
「そんなことお前らが気にしなくていいんだよ。ほらいくぞ」
細かいことは今はいい。ひとまず家で何があったか話せと促す。
今日の夕日はやけにギラつく。刺激の強すぎる西日に、眩暈に似た感覚を覚えつつも、二人を家に連れ帰るのだった。




