表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/103

メノウズ・その5

「ちょ、おい! なんも考えんで飛び出したかて、ワイの二の舞やぞ! どないするつもりや!?」


 ズルズルとペンキ跡のような『手形』に引きずられるガオルが、頭上へ向けて大きく叫ぶ。


 しかし、声を向けられたマダコはというと、お構いなしに彼を(また)いだまま腕を広げた。


「ちゃんと考えてるも~ん! 眼には眼を! 歯には歯を! ()()()()()! ということで、いっぱい()を持って来たよ!」


「ソレ、さっきのタコのやつやろ!? ちゃんと動くんやろなぁ!?」


「動くも~ん、ほら! てぃや!」


 マダコから放射状に伸びた6本の腕が巧みに揺れると、ガオルに引っ付いていた『手形』を鷲掴んで放り投げていく。


 少年から()がれたそれらは、どれも黒ずんでピクピクと痙攣(けいれん)していた。

 そのまま床に転がると、まるで息絶えた虫みたいに丸まって動きを止めてしまう。


「おぉ!? ベロのやつはまったく歯も立てられんかったっちゅうに! どうなっとんねん!?」


「もしかしてですが……あの黒く色づいていることが関係しているんでしょうか……?」


「あったり~! タコ(すみ)を手に(こす)りつけたんだよ~」


 ニッと笑うマダコが、黒くかすれた(てのひら)を見せつける。

 書道で書きなぐってカスカスになった筆のように、元の手の色が透けて見えていた。


 そして、その手を背中のタコの頭の横に持っていくと、漏斗(ろうと)のような部位から新しいタコ墨を吐き出させて補充する。


 まさに(すずり)に筆を付けるといった流れなのだろう。


「まぁまぁまぁ! 素晴らしいです! 色だけの存在だからこそ、(にご)ることが弱点だったのですね!」


「なるほどなぁ、せやからあの引っ付き虫どもがあんな汚れとんのか……のぉ!? ちゅうか、ワイの一張羅(いっちょうら)まで真っ黒やんけぇ!!!」


「あはは、ごめ~ん!」


 タネ明かしを受ける最中に、ガオルがハッとしたように自分の身体を見下ろす。

 すると、正月の羽子板(はごいた)で遊んでもここまで汚れないだろうというほどにべっとりと墨汁の染みが広がっていた。


 ペンキよりもさらに水っぽい墨なのだから、垂れるなり跳ねるなりで飛び散るのも無理はない。


 自由の代償はかくも重いものなのかと、怒るに怒れず涙を呑んで彼は(うつむ)く。

 そのまま静かに立ち上がると、元気なマダコに小さく礼の手を振り、顔を上げないままうしろ下がっていった。


「くぅ……ワイは手も脚も出んからな。 後は任せたで……」


「うんうん、アタシに任せて! さぁ来い、眼玉ちゃん! ガッちゃん達を苛めた仕返ししちゃうからね!!」


「頑張るにゃ、マダコ~!」


「ぴぴぷぇ~!! ぱふぱふ!!」


 どんよりと影が差すガオルとは正反対に、スポーツの応援でもするように盛り上がるガッポリとタイコ。

 彼女達の声のおかげか、マダコは巨大な目玉に睨まれようとも、これっぽちも(おく)することなく堂々と向かい合っている。


 なによりも、厄介な『手形』を退けられたことが、マダコへ慢心にも近い勇気を与えているのだろう。


「もうどれだけ()を出したって、アタシには()()()()()()もんね~!」


「ククク……さて、それはどうだろうな」


「え……? あの、それはどういう……?」


 誰が見ても形勢は逆転した。

 そのはずなのだが、ネクロだけは含みのある嘲笑(ちょうしょう)でマダコを見つめている。


 自分達には見えない局面が見えているであろう、彼女の不敵な笑い。

 それがどうにも気になり、クラヤミはジッと注意深く目の前の動向を観察し始めた。


『ミテ……ミテ……モット、ミテ……』


「その『手』は喰わないもんね~! だって、眼を(つむ)ったって、ぺたぺた音がするんだもん! 簡単、簡単!」


 邪魔をするマダコを敵視するように、怒りで強く発光しだした眼玉の怪異。


 直視するのも(はばから)れる光量であり、誰も眼を向けられない。

 見てくれと言うのに、本末転倒である。


 それでも辛うじて薄目を開けてマダコの動きだけでも視界へ納めた。


「大丈夫みたいですが……あ……!!」


 まず気が付いたのは、マダコの背に居座る『コロモダコ』の様子がおかしい事。


 身体をポンプのように伸び縮みさせて、必死に踏ん張っているようである。

 そして、頭の横についている漏斗から、墨汁(ぼくじゅう)のような液体がちっとも出て来る気配が無い。


 この灼熱の太陽みたいな熱視線もあり、枯れてしまったのだろう。


「あれ? ねぇ、タコちゃん、墨まだ~?」


 少し遅れて、マダコも異変に気が付いたらしい。

 慌てて振り向くが、既に遅かった。


 乾ききった彼女の手では、迫りくる『手形』を払いのけることが出来ない。


 案の定、怒涛の勢いで雪崩れ込んで来る大量のそれを(さば)ききれず、マダコの脚が掴まれてしまった。


「ひゃぁっ!? あれぇ、なんでぇ!?」


「ぎにゃぁ!? マダコっ、大丈夫にゃ!?」


「ぴぷぇっ!?」


「たいへんです! 助けてあげませんと……!!」


「せやかて、ワイらに何がしてやれんねん! 人間様はなぁ、タコみたいに墨を吹けんのやで!?」


「いえ、一つだけ……()()()()()()()()()()! ベロちゃん!!」


 クラヤミは迷うことなく白い細腕を伸ばすと、ガオルの胸に張り付いているトラの剥製の口に目掛けて差し出すのであった。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ