コロモダコ・その9(挿絵)
その時、階段裏へ差し込む光が形を動かし、一気に色を変えていく。
噂をすれば影が差すの言葉通り、子供たちのいる廊下に不穏な影が差し込んだのであった。
「なんや!? まだ、夜には早すぎるやろ……?」
「いえ、これは……」
「クックック、やはり来たか。 さて、どうする……」
変化したのは窓からの光だけではなかった。
カチカチと点滅する音を鳴らし、天井に吊るされた照明も輝きを失わせていく。
それは階段を中心にして波及しており、あまりにも不自然な現象。
消灯時間にはまだ早い。
なにより、スイッチによる手動の切替でないことは明らかである。
この場に残っている全員が瞬時にして異常事態なことを理解するだろう。
それでも、唯一の光源である窓へと目を向けるしかなかった。
「来たって、なにがにゃ!? 勝手にそっちだけで盛り上がらないでほしいんにゃけど!?」
「ガッちゃん! アレ! 窓のとこ!」
「にゃ……ぎにゃぁぁぁ!!」
視線の先、彼女が目にしたのは、窓に大きく映し出される巨大な眼玉。
マヨイガッコウに置き去りにしたはずのメノウの瞳であった。
『ミィツケタ……』
聞きたくも無かった声。
耳を塞ごうと、頭へと直接叩き込まれるその声が、ねっとりと糸を引くように呟く。
その声には、絶対に逃がさないという強い意思、そして強烈な興味の二つの色が伺える。
まるで粘着罠にはまったネズミのような錯覚を抱かせ、なんとも気味が悪い。
自分が逃げられない獲物なのだと、分からせられてしまった気になるのだから。
「アカン……今度はカメラで逃げるっちゅう手も使えんで! どないしたらええんや!?」
「ど、どうしましょう……あの、ネクロさんは……」
「フン、我に頼るな。 貴様の尻拭いで包帯は品切れだ。 今度は貴様等でケリをつけろ」
「そんな……」
階段の影は袋小路。
窓から這い寄る色とりどりの『手形』から少しでも距離を取るため、生徒達は後退しながら身を寄せ合う。
しかし、少しも歩かないうちに、背中へぶつかるヒンヤリとした堅い感触。
無慈悲な行き止まりを告げる壁が、少年少女を押し返した。
「チッ、クラヤミそいつは放っとけ! せやけど、ベロも歯が立たんし、ワイらにあと残されとんのは……」
ガオルは出来るだけ胸を張り、シャツに張り付けたトラの剥製で威嚇しながら盾になっている。
このトラの牙が役に立たないことは知っていたが、それでも頼るほかなかった。
彼がその姿勢を崩さないように首だけを振り向けると、壁に身を預けて震える女の子達の姿。
そして、その足元で床にへばりつくコロモダコが目に付いた。
「なぁ! そのタコ、ワイらを助けてくれたんやろ!? せやったら、これもどうにかしてくれのかいな!!」
「どうでしょうか……先程から全然動く気配がありません……」
クラヤミもどうにかしようとコロモダコをせっついているようだが、これといったリアクションも手応えも無いらしい。
困ったように眉をひそめ、あたふたと時間だけを浪費していた。
これでは期待できそうもないと見限ると、ガオルは眼前に迫る『手形』と窓に映る『眼玉』を睨み付ける。
既にひたひたと床を叩く音が耳にこびりつき、耳鳴りのように頭を揺らす。
気が付けば、彼の足首は既に手で押さえつけられ動かせない。
悲鳴を上げず、後ろの女生徒達を怖がらせないように強がるのが、彼に出来る精一杯の抵抗だった。
「どどど、どうすればいいのにゃぁぁ!? ウチらはここで死んじゃうのにゃ!? まだまだやりたいことが沢山あるのに、あんまりにゃぁ~!!」
「ぴぷぅ……」
「ガッちゃん、タイちゃん! そんに落ち込まなくても大丈夫だよ!」
「うぅ……そんにゃこと言ったってにゃぁ」
「あの、マダコさんは、このタコさんとお友達でしたよね?」
「うん!」
「では、この子のお力をどうにかして借りられるということでしょうか?」
縁起物トリオの中で一人だけこの状況を悲観していないマダコ。
彼女の無駄に自信のある様子から、もしやと思いクラヤミが問いかける。
すると、言葉で返すよりもやるが早しとコロモダコを拾い上げた。
「へへ~ん、見ててね! タコちゃんはこうすると元気になるんだよ! せ~の、がった~い!!」
まるで電池の切れた作り物みたいにぐったりと非活性状態にあったコロモダコ。
それを彼女はランドセルでも背負うみたいに背中へ回す。
そして、いくつかのタコ腕をベルトのように自分の身体へ巻き付けた。
ただそれだけである。
しかし、たったそれだけだというのに、コロモダコは眼の色を変えて腕をうねらせ始めた。
「ジャジャ~ン! なんか背中の方がチクチクするけど、すっごくカッコイイでしょ!」
「にゃは~!! さっすがウチのマダコにゃ!」
「ぴぃ~!! ドコドコドコ!」
ここぞとばかりに決めポーズを取り、マダコとコロモダコが合わせて6本もの腕を広げる。
それをやんややんやと縁起物トリオの二人も囃し立て、場の空気をあっという間に明るく塗り替えた。
「まぁ……本当に元気になりましたね。 ですが、背中って……血かなにか吸われているんじゃないですか? 確かタコの口の位置って……」
「お、お前ら、流石にワイも限界や!! 見栄を張るんも楽やないんやで!! うひぃ~、なんとかしてくれぇ!!」
「よぉし! あとはアタシに任せて!! いっくよ~!!」
「あ、行ってしまいました……」
バタンという物音で目を向けると、床へ押し倒されたガオルが引きずられそうになっている。
それを一目見ると、気が大きくなったのか、あるいは正義感に燃えているのか、コロモダコを背負ったマダコがひょいと飛び越え間に入っていく。




