コロモダコ・その8
クラヤミの導き出した仮定。
それは何かを隠すための行為なのではないか、というものだった。
「せやったら、『何から』隠すつもりだったんや……?」
「獲物を隠しておく狩人は、野生の世界でも沢山いるでしょう。 他の捕食者に食べられないために、です」
「ちゅうことは、このタコが食べるため言うんか!?」
「いえ、あくまでも生きている動物の話なので、私はそう思いません」
「まぁ、コイツら動物やのうて、バケモンやからな……」
その違いを証明するように、床でへたり込むコロモダコは、眠っているマダコを引きずり出されても怒る気配が無い。
むしろ、仲良し三人トリオの動向を見守っているように思えるだろう。
それくらいジッと動かずに床へ貼りついていた。
「つまり、ですね……この子は、『他の怪異』から隠したかったのではないでしょうか?」
「他のっちゅうと……まぁ、言うまでもなくあの目ん玉やろなぁ」
「はい。 あの怪異は見ることへ異常なほど執着していました。 なので、こうして姿を背景に同化させて目を誤魔化したのだと思います」
「なるほどなぁ……確かにそれやと筋が通るっちゅうか、良い線いっとるわな」
彼女の話を大まかに理解すると、ずっと緊張して張り詰めていたガオルの警戒も緩む。
強張った剣幕が薄れたことを確認すると、クラヤミはホッと息をついた。
そのまましゃがみ込むと、伏せているコロモダコの背を優しく撫でる。
「きっと、守ってくれたんだと思います。 ほら、今朝もお話したのを覚えてますか?」
「ん? すまん、何やったっけ……?」
「朝の登校の時ですよ。 マダコさんの背中に、タコがいると話したじゃありませんか」
「あぁ! せやった、せやったわ! あん時は、与太話か寝ぼけ話かと思うて、すっかり流しとったわ」
「やっぱり見間違いではなかったんですよ。 あの時も、姿と色を変えて、マダコさんに憑いていたんです」
「うぅん……せやかて、それやと都合良すぎひんか? なして、コイツがくっ付いとった言うねん」
「それは……」
ガオルの鋭い指摘に、クラヤミが少し言葉を溜めて目を閉じる。
答えは出ているのだが、どうやって言葉に繋ごうかと思案しているらしい。
結局、考えあぐねたすえに、懐からスマホを取り出し画面をタップして見せる。
そこに映し出されたのは、縁起物トリオが『べとべとさん』の撮影をした動画であった。
「この正体、それがこの子だと、さっき分かりましたよね?」
「あぁ~そういうことな」
透明なナニカ、それはヒトではなくタコであった。
身体の色を変え、まるで透明人間のように見えただけなのである。
「恐らくですが……この撮影のあと、ガッポリさんを助けに来たマダコさんの背に憑いたのだと思います」
「でも、まだや。 まだ分からんことが残っとるで」
「なんでしょう」
「その動画でも、あの廊下でも、コイツはお前ら襲って引っ張ったやろ、腕とか脚とか。 ヒッパリダコなんてギャグやないんやで、ホンマに安全なんかなコイツ……?」
そう言って、ガオルはクラヤミの赤く跡のついた腕を指す。
まるで粘着シートでも貼っていたみたいに色着いた彼女の腕は、隠すことのできない何よりの証拠であった。
目玉の呼び出すペンキのような『手形』は力こそあったが、質量のようなものは感じられず、襲われたガオルも跡は付いていない。
カメラを奪われた時のクラヤミだけに残っているということは、あの時の『べとべとさん』もこのコロモダコであったはずなのだ。
「あの、それは……」
彼女は怪異の考えを読んでいるわけではなく、あくまでも推理しただけ。
不可解な行動までは辿り切れず、言葉を濁して黙ってしまう。
そんな一瞬の沈黙、いつの間にか背後の鳴き声も消えていた。
そして、ずっと聞いていなかった少女の声が響く。
「それはね、みんなを助けたかったんだよ!」
「ま、マダコ!? 自分、目が覚めたんか!?」
タコの繭があった方へ振り向くと、すっかり抜け出して自由になった彼女がいた。
パッチリと目を開け、ガオル達の方を見返している。
彼女は両肩をガッポリとタイコに支えられ、一人で立つ体力もないように見えるが、声だけはやたらと明るく不釣り合い。
友人に心配かけまいとする空元気なのか、はたまた能天気で元気なだけなのか判断がつかなかった。
「えへへ、おはよー!」
「良かったにゃぁ!!」
「ぴぃ~!!」
「あの……回復されたばかりのところ申し訳ないのですが、助けたかったとは、どういうことでしょうか……?」
クラヤミが遠慮しがちに尋ねると、マダコは脚でちょちょいとコロモダコを掬い上げて自身の頭に乗っけた。
なんとも器用で柔らかい身体さばき、体操部ということも頷ける。
成功したことを喜び、にんまりと口が弧を描くと、彼女は続けて言葉を発した。
「アタシもね、タコちゃんがあの『べとべとさん』だとは知らなかったんだ~。 でもね、アタシを心配して、あの日からずっと守ってくれてたんだよ」
「せやけど、お前が気に入られてることと、ワイらを守るのは繋がらんやろ」
「んっとね~、ヤミちゃんが引っ張られたのも、危ないから逃げよ~って言いたかったんだと思う! だって、アタシも今日廊下に来た時はそうだったもん!」
聞き慣れない名前で呼ばれて一瞬目を丸くするクラヤミだが、すぐに調子を戻して質問を返す。
「では、マダコさんはそれで階段の陰に連れられて、サナギのようにしてもらたんですか」
「そうそう! でも暗くて暇だから、ぐっすり寝ちゃった!」
「しょ……しょ~もない結末やったな……」
期待を外したオチでガックリ肩を落とすガオルをその場の皆が笑い合う。
すっかり謎も解け、円満解決の雰囲気を漂わす中、一人だけキッと目尻を上げて睨む少女が口を挟んだ。
「フン……貴様等、何を浮かれているのだ? ソイツがなぜ四六時中警護していたと思う」
「は? そりゃ、いつ襲われるか分からんからやろ……あ」
ガオルは、自分が口にした言葉で、ようやく事の重大さに気が付く。
なぜなら、今も襲われる可能性はあるのだから。
続きます。




