コロモダコ・その7
謎の感触を気味悪がったガオルが尻もちをつきながら後退る。
その過剰なまでに恐怖するリアクションに感化されたのか、ガッポリとタイコまで喚きだして混乱が広がるばかり。
しかし、クラヤミだけは興味深そうにジっと不自然な床を見つめ、首に下げていたカメラを構えた。
「皆さん、落ち着いてください。 まだ何もされたわけじゃないでしょう?」
「ちょちょちょい! クラヤミ、自分さっきも散々危ない目にあったの忘れたんか!?」
「もうお終いにゃ~!! ウチら全員憑り殺されるのにゃぁ!!」
「ぴぴぷぇ~!!」
「本当にそうでしょうか……ほら」
不可視の謎をカメラに焼き付けると、フラッシュの光が真実を曝け出す。
気が付くと、彼女の目の前には、タコの腕でグルグル巻きになっている繭のようなものが出現していた。
タコの頭らしき部分は見当たらず、幾本もの腕で構成されているらしい。
繭の中にいるナニカは呼吸をしているらしく、楕円形の中央部分が微かに上下しているのが確認できる。
「な、なんやこれぇ!?」
「タコのお稲荷さんにゃ!」
「ぴぴぃぷ!?」
「アホ、流石に稲荷寿司はナイやろ!! なんちゅうか、サナギっちゅう感じやな。 なんで急に見えるようになったんや?」
「写真に撮ったからでしょう。 即席写真には同じく『衣蛸』さんと印字されていますね」
「ホンマや……」
クラヤミが差し出す写真の縁を見て、ガオルが何度も繭と写真を交互に見比べる。
そのまま彼に写真を預けると、クラヤミは記憶の中から知識を呼び起こす。
「それと、聞いたことがあります。 タコは自分の身体を自由に変色する能力があるのだとか」
「つまりあれか? さっきまで、これ全部を周りの風景と合わせてた言うんか……?」
「私はそうだと思います……あの陰のズレも、それなら説明が付くでしょう。 時間が経ったから、差し込む陰の方だけが移ろいだのです」
クラヤミはそう呟くと、廊下から伸びる光を手で辿る。
そのままもう一方の手を重ねて入射角を僅かにズラすと、確かにピタリと位置が合う。
この異様な物体が隠されていたのが階段の陰ということもあり、夕暮れの時間差の影響は大きいのだろう。
「にゃぁるほど……にゃ!? だったら、ウチが動画に撮った『べとべとさん』って……!!」
「クラヤミの予想通りなら、このタコが正体だったっちゅうことやな」
「ほう……ならば先に謎を解いたのはこの女ということでいいのだな?」
生徒達が真相を突き止めると、静かに傍観していたネクロがにたりと口を曲げる。
そして、クラヤミの肩に手を置き、呆気に取られて口を開けっぱなしのガッポリを見下した。
「ぎにゃぁ~!! 待ったにゃ、今のナシ!!」
「ぴぴびぶっ!」
「いよっしゃぁ! でかしたでクラヤミ! 悪いな放送部、真剣勝負に待ったナシやで! これで独占取材はワイらのモンや!!」
「あの……盛り上がってるところ恐縮なのですが……気になりませんか? この中身……」
「え……」
一瞬だけとはいえ、恐怖も忘れて浮かれていた面々が、一気に顔を引きつらせる。
皆一様に、彼女は何を言っているのだと疑っているにちがいない。
恐怖神経が麻痺でもしているのか、あるいは恐怖以上に怪異への関心が勝っているのか。
クラヤミは目を輝かせてタコの繭へと手を伸ばしていた。
「アカン、アカンて!! これ以上、変なモン増えたらどうすんねん!!」
「そうにゃ!! ウチらなんて、もう得る物は無いしこれ以上の損はお断りにゃす!」
「ぴぃ~!!」
先程まではいがみ合っていたというのに、ガオルとガッポリ達は息もピッタリに抗議する。
今日だけでも、命がいくつあったって足りないくらいの危険を侵しているのだから、当然といえるだろう。
「あ、すみません……もう開いちゃいました」
「なんやてぇ!?」
吸盤でギッチリと閉じられているのかと思われたがその逆、力無く辛うじて形を保っていたようであり、非力なクラヤミでもすんなりと割ることが出来ていた。
筋のような継ぎ目に沿ってニャチャリと粘膜のような音が立ち、繭の中身が顔を覗かせる。
そこには、行方不明になっていた縁起物トリオの一人、『マダコ』の眠り顔が待ち受けていた。
「にゃ!! マダコ~!! ここにいたのにゃ!?」
「ぴぴぷぴ!!」
彼女の寝顔を一目見た途端、両目一杯に涙を溜めて、ガッポリとタイコが繭に抱きつく。
そのまま感極まって、おいおいと嗚咽を上げた。
押しのけられたクラヤミは、少し困惑しながらもすぐに優しい顔に戻り、眠ているマダコの安否確認をとる。
「あら、まぁ……えっと、息はあるみたいですね」
「な、なんでコイツがここにおんねん……? ちゅうか、このタコは何がしたかったんや……?」
ガオルは不思議そうに、床を這いずるコロモダコをしげしげと見下ろした。
よく見てみると、タコの腕はどれも一度千切れたような跡があることに気が付く。
彼のシャツにくっ付いているトラの剥製が噛み千切ったのは一本だけ。
そうなると、明らかに数のつじつまが合わない。
「お? なんや、コイツ。 どの腕も途中から妙に細くなっとるな……いつの間にか、ベロが齧ったところも治っとるし、もしかして他の腕もそうなんか……?」
「確か……タコは身体の色を変える他にも、再生力に優れるのだとか……」
「ちゅうことは……マダコに巻き付けた腕の繭は、このタコが意図的にやったちゅうわけかいな……うぅん、ますます意味わからんで」
ガオルは腕を組んで小首を傾げる。
どうにも腑に落ちず、喉につっかえた骨が気になるといった具合なのだろう。
だが、クラヤミの方は少しだけ眼を瞑り考えを整理すると、答えの糸が一本に繋がったのか、ハッと目を開いて周囲を見渡した。
「あの、もしかしたらなのですが……」
「なんや急に」
「見えなくなるということに意味があったのかもしれません……」
「見えなくって……お、お前……それってもしや……!?」
続きます。




