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コロモダコ・その6

 小さな異世界(マヨイガッコウ)から戻った途端、意外な人物たちが待ち構えていた。


 ガオルと顔を突き合わせて驚いている二人組。

 猫耳のガッポリと金髪のタイコである。


 向こうではガオル達とはぐれて行方不明となっており、消えたかと諦めかけていた。

 それがひょっこりと顔を出すものだから、クラヤミとガオルも目を丸くする。


 まるで死人が生き返ったような気分だろう。


「まぁ……! お二人共、ご無事だったのですね」


「せやで、てっきりあの目玉のバケモノに襲われたもんかと思っとったわ」


「ウチらもそうだと思ってたにゃ。 でも、気が付いたらココにいたのにゃす」


 当の本人たちも事情を理解していないらしく、困ったように首を横へ振る。

 パニック状態だったため、細かいことは記憶が飛んでいるのかもしれない。


 そんな時突然、笛を咥えたタイコが騒ぎ出す。


「ぴぶ~!」


「なんにゃ、タイコ? 転入生がどうかしたのにゃ?」


 興奮したように太鼓を鳴らす少女が、ジッとネクロの方を見つめている。


 いつもなら通訳係のマダコがいないと、タイコの言いたいことはまるで分からない。

 しかし、今回に限ってはおおよその見当がついた。


「あっ! そいうことやんな! ネクロ、お前がこいつらを(かえ)したんやろ!」


「クク……その通りだが? だからどうしたとうのだ」


「まぁまぁ! ネクロさん、やっぱりお優しい方だったんですね」


「どこがや! やっぱり自由に戻せるんやないか!! ワイらのことは随分とシブりおってからに!!」


「フン、帰還の煙は有限だ。 そう贅沢(ぜいたく)に使ってはいられんというまでのこと」


「さっきは、クラヤミを試すとかどうとかヌカしとったやろ! 誤魔化されんで!!」


「チッ、間抜けのくせに小賢しい……おっと、そうであった。 我よりも()()()に気をやった方がいいのではないか」


 あからさまに(いや)な顔をすると、ネクロはとぼけたように窓を指す。

 すると、ちょうど玩具のスライムのようにべたっとした柔らかいモノが床へと落ちた。


 べちゃりとした水音とともに、こんがりと七輪で焼いたような香ばしい匂いが充満し、生徒達の胃を刺激する。

 例えるなら、それは縁日のたこ焼きのような香りだろうか。


 ぐぅ、という腹の音を誤魔化すように、ガオルは気持ち大き目な声とリアクションで振り向く。


「せやった! カーテン……やのうてタコ! お前、ワイの代わりに焼かれてもうたんか!?」


「生きては……いるみたいですね」


 クラヤミが安否確認のためにカメラのシャッターを切る。

 カメラはジジジと音を上げながら、彼女の手元へ一枚の即席写真(チェキ)を吐き出した。


 それは、対象がまだ現存する怪異であるという何よりの証拠。

 恒例となった写真の縁を覗き込むと、『衣蛸(コロモダコ)』という文字が印字されていた。


「コロモダコさん、というみたいですね。 敵意があるのかわからないので、まだ触らない方がよろしいかと……」


 べちゃりと床に付着する怪異へと駆け寄るガオルを注意しながら、クラヤミは写真を色んな角度にして観察する。


 まるで、まだ何か見落としがあるとでも考えているような仕草であった。


「おっと、確かにそうやな。 せやけど、放っとくわけにもいかんやろ。 一応、助けてくれたんやで?」


「にゃ!? これもバケモノの仲間なのかにゃ!?」


「ちゃうて、眼玉の奴とはベツモンや、知らんけど」


「あ……この子、どこかへ行きたいみたいですよ?」


「ホンマや。 なぁ、助けたカメやないけど……連れてってみぃひんか?」


 チリチリに丸まったタコの腕先。

 それをプルプルと力を振り絞るように這わせる姿に心痛めたのだろう。


 ガオルは危険を承知で周囲に同意を求める目線を配った。


 中にはスッと目を逸らすものがいてもおかしくはない。

 しかし、彼の心配とは裏腹に、全員頷いてガオルの意見を推してくれる。


「そうですね、今この子になにが出来るとも思えませんし」


「というか……あんなバケモノが出た廊下に、いつまでも残るなんてゴメンにゃ! さっさと逃げるにゃす!」


「ぴぷぅ~!!」


「タイコの言う通りにゃ! いなくなったマダコも探さないとにゃ!」


「そういえば……アイツだけ向こうにもおらんかったな……?」


「でしたら、この子がその答えを知っているかもしれませんね」


 力無く(うごめ)く軟体生物、それが向かう先にならば希望があるかもしれない。


 何度か怪しい動きこそあれど、助けてくれたことは事実。

 ならばと、一縷の望みに賭けてクラヤミはコロモダコを拾い上げた。


「えっと……コッチ、ですね」


「なんや、えらく素直に納まっとるなぁ、ソイツ」


「毒とかないのにゃ? 溶解液とかでドロドロにされるとか……」


「ぷぴび!?」


「いえ? この通り、なんともありませんよ」


「クックック、そんなものがあるのなら、とっくに貴様等は跡形も無く消えているだろうさ」


「やめやめ! 今はそないなことでビビっとる場合やないで!」


「ええ、ガオルさんの言う通りで……あ! この階段の陰を指してますよ」


 萎んでいたタコが徐々に空気を入れたように膨らむと、だいぶ回復したのかぷっくりした腕を上げて導く。

 驚くべき再生能力、気が付けば喰い千切られたはずの腕も生え変わっていた。


 そしてタコ腕の先に目を凝らすと、なにやら画像がバグったような不自然な床が目に付く。


「なんやこれ? 影の位置がおかしいっちゅうか、ズレとるよな……?」


 この場にいる唯一の男子だからか、率先して手を伸ばし確認するガオル。

 だが、彼の指先は、床に着く前に柔らかな弾力を感じて押し戻された。


「おわっ!? み、見えないナニカがおるで!? またタコがおるんか!?」


「にゃぁ!? コイツの巣に連れてこられたのにゃ!? ウチらは絶体絶命のピンチにゃぁ~!?」


「ぴぶ~!!」

続きます。

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