メノウズ・その3(挿絵)
包帯で隠していた右眼、それをギョロっと見開き狂気に満ちた色を浮かべている。
両目の色の違う彼女のオッドアイだが、色だけではなく中に宿す『意識』まで違うようにさえ思えるほど、その片方の目は異様であった。
今まで見えていた包帯の外は、まるで仮面だったのだとでも言いたげ。
そして、少女の本当の姿はこれほどまでに恐ろしいものなのかと、見る者を畏怖させる力を感じさせていた。
「お前のその『眼』ッ……あの夜の時と同じやッ……!!」
「あぁ、貴様は間近で見たことがあるのだったな。 クックック……」
ガオルの言葉もそれがどうしたとばかりに笑い飛ばし、気にも留めずに手を這わせる。
妖艶な手つきは彼女は顔の包帯だけではなく、身体中に巻き付けていた包帯まで解いていく。
だが、スルスルと自由になっていく包帯は地へ落ちることなく、ゆらゆらとヘビのように首をもたげて蠢き出していた。
ネクロの怪しい指先がタクトのように振られ、包帯のヘビたちも釣られて踊り出す。
その動きはあまりにも不規則極まりなく、吊り糸や仕掛けがあるとはとても思えなかった。
「な、なんやお前!? 今度は何する気やッ!?」
「フン、先の無礼な言葉をそのまま返してやろう。 『外野は黙っていろ』、とな」
「んなッ……!?」
「まぁ、どちらにせよ。 今の貴様には指をくわえて眺めるしか出来ないだろうがな、クク」
事実、これ以上の余計なことをされないようにとガオルが手を伸ばしたが、包帯の一本が彼の腕を易々と跳ね除けていた。
「あだッ! なんちゅう力や……どうなっとんねん、これ」
「クックック、これこそ我が黒魔術の妙技よ……さて、その女は返してもらうぞ」
ゆらり、ゆらり、と肩で船漕ぐように滑らかな動きを始めると、ネクロはゆっくりと指を立てる。
すると包帯のヘビ達は一斉に指先の方向へと飛び掛かっていく。
目標は、怪異の手によって宙吊りにされているクラヤミの身体。
窓に映る目玉の怪異と見つめ合ってからというもの、ビクビクと全身を痙攣させて危険な状態にある彼女へと巻き付いていった。
「まったく……見ろ、と言われて素直に見る愚か者めが。 まずは目を閉ざせ、瞳は内なる自分へと繋がる道なのだからな」
「お、おぉ……クラヤミの痙攣が、止まったで……!!」
クラヤミの身体を這う包帯は、ヘビのように足元から伝って昇り、やがて彼女の両目を覆って遮光。
カッと見開き瞬き一つしなかったクラヤミだったが、一切の視界を奪われると、息を切らしたようにどっと疲れを見せて息を荒くしていく。
「ぁ、う……はぁ、ぁ……」
意識が朦朧としているのか、それとも言葉を発する力すら残っていないのか。
彼女の口から漏れる声は、艶こそあるものの、おおよそ人の言葉とは言えない酷いものであった。
「クラヤミ! 生きとるか!?」
「フン、息があるのは明白だろう。 どこに目を付けているのだ、貴様は」
「ココに決まっとるやろがい……って、おいネクロ!! あの馬鹿デカイ眼玉、なんや様子がおかしいで!?」
『ミテ、ミテ、ミテヨ……』
寂しそうな、そして構ってほしいような捻じくれて歪な声が頭に響く。
怪異が発する声のようなモノと同時に、窓に映るメノウの渦がより一層の渦を描き出し、ぐるぐる、ぐるぐると、絵筆を洗うバケツのように掻き混ざっていった。
朱に染まる光は強さを増し、ジリジリと焦がす灼熱のように熱波を放射していく。
まさに嫉妬の炎といったところだろう。
そのせいか、クラヤミに巻き付く包帯はジュウと焼ける音を上げ、白い煙とチリチリと焚いていた。
「アカーン!! あいつ、燃やす気やで!? はよ包帯戻せネクロ! このままやと、クラヤミ巻き込んで火達磨や!!」
「いや、このまま続ける。 我の黒魔術が、この程度で負けるわけがないのだからな」
「んなこと言うたってなぁ!!」
「あぁぁ!? あぁぁぁぁ!!! 目が、燃える……熱い、ぐ、あぁ……!!」
「ほれ言わんこっちゃない!! ちゅうか、目が燃えるってなんや……? しっかりせい、まだどこも燃えとらんで!!」
「チッ、喧しい女だ。 我の気が散る、これでも噛んでいるがいい」
「むぐ、ンン…………!!!」
ネクロが指を振るうと更なる包帯のヘビが伝い、クラヤミの口を猿ぐつわのように塞いでいく。
今度はそれだけではなく、彼女の四肢のあちこちにまで這い進み、全身を束縛していった。
目玉の怪異が放った『手形』も覆い隠し見えなくしている。
それはまるで、自分のものであるとマーキングを上書きしているようにも見えた。
「まだ、この女を渡すわけにはいかないのでな。 来いッ……!!」
「う、うぐぅ……ンン!!」
ネクロが腕を振り上げると、彼女から伸びる包帯がピンと張り、クラヤミの身体を引っ張り出した。
すると、あれほど人外の力で引きずられた彼女をゆっくりとだが眼玉から引き離すことに成功しているではないか。
クラヤミは目玉と包帯の両側から力を感じて苦しそうに呻くが、窓から離れるにつれて声も減っていた。
怪異の力が弱まっているのかもしれない。
「うぉぉ!! やるやないか、お前! 正直、初めて見直したで!!」
「ククク……言ったはずだ、我こそが冥王の娘であるとな。 これしきのこと造作もない」




