コロモダコ・その4
先に来ているはずなのに、見当たらないガッポリとタイコ。
そして、いつの間にか姿を消し、怪異と共に待ち受けていたネクロ。
状況と発言を見れば、彼女が何かしらの罠にはめたのだというのは明白。
現に、今もこうして手を離せないガオルと、怪異に襲われているクラヤミがいるのだ。
あとほんの一押し、彼らの背中を小突けば、少年達はひとたまりもないわけである。
「そんな……ネクロ、さん……」
必死に肩を震わせて姿勢が崩れないように耐えるクラヤミが、苦しそうに声を漏らす。
それは、仲間だと思っていた友人に裏切られた心苦しさ、赤く痣になるほど引っ張られる腕の肉体的苦痛、そのどちらも混ぜた感情によるものだろう。
「クソ、だからワイは始めからコイツを信用しとらんかったんや!!」
「なんとでも好きに言うがいい。 我にとっては、どうでもよいことだ」
「ね、ネクロさん……一つだけ教えてください……! あの二人は……どこへ行ったのですか」
「さてな……だが、今頃はムコウで仲良くやっているのではないか? クックック」
「しらばっくれる気かいな、お前ぇ!! 白々しいで!!」
「煩い男だな、まったく。 おっと……貴様が騒ぐから、ヤツも気が付いたようだぞ?」
余裕のある、もったいぶった仕草のまま、ネクロはチラリと廊下の奥を流し見た。
まるで直接手を下すまでもないと言いたげである。
彼女の視線を追うと、クラヤミは静かな悲鳴を喉奥で鳴らしてしまう。
ネクロの態度を裏付ける証拠となるモノが写っていたのだ。
それは、必死に逃げて置き去りにしたはずの『眼玉のオバケ』。
窓に映り込む異形の化け物は、消えては現れ、現れては消え、繰り返しながら徐々に距離を縮めている。
「ガオルさん……! 来てます、怪異がすぐそこまで……!!」
「な、なんやとぉ!? まだ、こっちは取り込み中やってのに!!」
そう言っている間も、『眼玉のオバケ』は待ってはくれない。
かといって、クラヤミの腕を掴む怪異は、依然、頑なに離そうとぜずビクともしなかった。
怪異の方はというと、瞬きでもするように、あるいは皆既日食のように姿を消失させると、向かい側の窓へと反射投影するように移動していた。
廊下の『中』には出現せず、常に廊下の『外』からあちらこちらと覗き込んで周っている。
まるで、玩具箱の中を観察する無邪気な子供のよう。
そして、接近するにつれて、再びあの直接響く声が頭の隅から聞こえだす。
『イナイイナイ、イナイイナイ、イナイイナイ……』
「アカン、またコレや! しかも、どんどん大きくなっとるで!?」
「ガオルさん! 時間がありません……私を置いて、逃げてください……!!」
「アホぬかすな! 置いていかれるわけないやろ!! 次、そないなこと言うたら怒るでホンマ!!」
「ですが、このままでは……!!」
「共倒れ、であろうな、クク」
「外野は黙っとれ!! せや!! ベロ、お前クラヤミを掴んどるヤツに噛みついたれ!!」
そう言うと、ガオルは自分のシャツを見下ろす。
彼の胸にペタリと張り付いた虎の頭の剥製、それがガオルと見つめ返していた。
トラの眼は、本当にやっていいのかと問いかけているような戸惑いの色が見える。
「グナ゛ァン?」
「かまわん、やってまえ!」
「グゥゥ、ガァッ!!」
彼の一声でピクリと耳を跳ね上げると、とたんにトラの眼の色が変わる。
引き絞った瞳孔、皺を寄せる鼻っ面、唇を上げて牙を剥き、ズルリとシャツから首を剥がして動き出す。
たとえ目に見えない獲物といえど、匂いまでは隠せない。
野生の勘を取り戻したトラにとって、至近距離の相手を捉えるのはいともたやすい行為であった。
「きゃっ! あ、腕が、軽くなりました……!!」
「おわっとと、でかしたで、ベロ!!」
まるで急発進した車内のように、クラヤミとガオルが後方へ吹き飛ぶように倒れ込む。
引っ張られていたナニカの腕が食い千切られたのだ。
支えを急に失った二人がもみくちゃになりながら床で体勢を直すと、その眼には異様な光景が写し出される。
「な、なんや……これ?」
「青ざめた血と、タコ……でしょうか」
トラの剥製が唸りながら貪るモノ。
それは千切れてもなおグネグネと蠢く不気味なタコらしき腕であった。
しかし、少年達がみたこともないような大きさであり、人のそれと違いがないくらい太い。
吸盤までプックリと並んでおり、紛れも無いタコ。
だが、何よりも目を引くのは、腕の先端に生えている『手』だろう。
「手が、人間の手ぇみたいなんがあるで!?」
「私の腕の痣とピッタリ合います……これが怪異の正体……?」
「本当にそう思うか? ククク、もう一度よく見てみるがよい」
「え……あら?」
ピクピクと痙攣する紫色の腕。
ヒトに近しい形状をしているものの、ネクロの言葉通りどこか違和感がある。
そのもやもやとした気持ちの正体は、指が足りないことだろう。
「1、2、3、4……一本、指が少ない……ということは、眼玉の出した『手形』と食い違いますね……?」
「て、手形って、これのことか?」
ガオルが震えた声で横を見ていた。
彼の視線の先、その窓にはこちらを見つめる『巨大な目』、そしてその床を這ういくつもの『手形』であった。
続きます。




