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コロモダコ・その2

「クックック……やられた、というわけだな」


 立ち尽くすガオルとクラヤミの背後から、ふてぶてしい声が飛ぶ。

 人の不幸を微塵(みじん)も共感してやる様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるとさえ感じられた。


 それが泣いて(うずくま)る縁起物トリオの二人にも届いたのだろう。

 よりいっそう嗚咽(おえつ)が増して、とても話しを聞ける雰囲気ではなくなってしまう。


「お、おいッ! 転入生、ええかげんにせえよ!」


「ほぅ? 『好奇心猫をも殺す』というらしいではないか。 そいつらが勝手に首を突っ込み、手痛いしっぺ返しを受けただけの話しであろう?」


「こ、コイツゥ……!! ワイはやっぱり好かんで! 何様やねん!!」


「ガオルさん……今は喧嘩(けんか)している場合ではありませんよ……!!」


「チッ……クソ! なぁ、お前ら……マダコのやつはどこおんねや? 指でええから、教えてくれるか?」


 クラヤミに(いさ)められると、渋々(しぶしぶ)とネクロの件を後にして、泣き続ける二人の元へと駆け寄り声を掛ける。

 涙をすぐには飲み込めないというのを分かっているのか、ガオルが身振り手振りでこうしろと伝えると、二人は震える手を挙げて指し示した。


 それは、この長い渡り廊下の中程にある窓の辺り。


 一見、なんの変哲(へんてつ)もない窓であるし、他と異なる特徴も見当たらない。

 遠目ではあるものの、内鍵はしっかりと上がり施錠されている。


 外へ出たわけでも、外から何か入って来たというわけでもないだろう。

 だからこそ、ガオルは不思議そうにソレを眺めていた。


「……あん? どれのことや? なんも無いで」


「窓の外には……何も見当たりませんね。 落ちたわけではないみたいですが……?」


 心配そうな顔で恐る恐ると窓に寄り添うクラヤミが、緊張した声をわずかに(ゆる)める。

 少なくとも、飛び降りなどという悲惨な光景を目にすることにはならなかったのだ。


 しかし、そうなると残されていた二人の指したモノが、いよいよ分からない。

 

「もしかして、あの動画の『見えない怪異』が、ソコにいるんですか……?」


「それや! だから、なんもあれへんのやな……って、はぁ!? 違うんか!?」


 涙で乱れた呼吸を整えながら、二人は精一杯にブルブルと首を横へ振る。

 つまり、探していた『べとべとさん』ではないナニカが現れたということなのだろう。


「では……いったい、なにが……?」


「気ぃ付けぇ、クラヤミ……何かいるんは間違いないんやからな……」


「もちろんです……ですが、まずは二人を連れて逃げましょう」


「……せやな。 ほんなら、お前も肩貸しぃ」


 友達が消えてしまったことがショックで、その場から動こうとしない縁起物トリオの二人。

 このままでは巻き込まれかねないという判断で、ガオルとクラヤミは彼女達の腕をとって無理矢理支える。


「よい、せっと」


「んしょ、大丈夫ですか?」


「怪異のことか? 知らん! 見えんから、何も分からんしな!」


「クックック、随分(ずいぶん)悠長(ゆうちょう)なことだ。 ヤツが獲物をみすみす逃すと思うか?」


「はぁ? なんやと!? ネクロ、お前……もったいぶった言い方やめいや!」


「が、ガオルさん……!! 大変です!!」


「今度はなんやねん……ってンナぁアホな!? 」


 首をあっちこっちと動かし、せわしないガオル。

 そんな彼だが、クラヤミの視線の視線の先を見て、驚愕(きょうがく)の口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。


 彼の瞳には今、どこまでも、どこまでも続く無限の廻廊(かいろう)が映し出されていた。


 階段の曲がり角は消え失せ、部室棟へ繋がる道も無い。

 あるのは、ただ窓をハメ込んだ一面の壁。


 廊下は終点が見えず、先の先は時間帯もあってか暗がりになってしまい見通せない。


「ど、どどどないなっとんねん!?」


「これは……小さな異世界(マヨイガッコウ)に違いありません。 きっと、マダコさんを襲った怪異が作り出した巣なのでしょう」


「こやつらは、(おび)き出すための(えさ)だったと言う所だろうな……中々(さと)いヤツらしいぞ? クックック……」


「やかましいわ! いらんこと(しゃべ)んなっちゅうに!!」


「うぅ、グス……マダコぉ~ごめんにゃぁ……」


「ぴぷぅ~ズビ」


「だぁもう! ほれ見ぃ!!」


 ネクロはただでさえ友達を失っている二人へ、さらに追い打ちを掛けるような発言を平気な顔でさらりと言いのける。

 だが、その余計な一言が彼女達の傷口をえぐり、ますます落ち込んで元気を無くしてしまった。


 ただでさえ足手まといの状態であるのに、これ以上お荷物になられては困るとガオルも気を荒立てる。

 既に雰囲気は最悪、いつパニック状態で収拾がつかなくなってもおかしくはないだろう。


 それでも、ギリギリ残っていた理性をフル回転させると、ガオルはハッと顔を上げてクラヤミの方を見つめた。


「せや! クラヤミ、昨日のアレ、もっかいやってくれんか? 写真パ~っとやれば、戻れるんやろ!?」


「あ、そうでした……! 待ってください、今、カゲンブさんを……あら?」


 太鼓持ちのタイコを支えていたクラヤミが、片腕だけで動きにくそうに(ふところ)をまさぐる。

 常に肌身離さず持ち歩いている、不思議な黒い一眼カメラを取り出すつもりなのだ。


 しかし、彼女の手は一向にソレを見つけられない。


「あの、ガオルさん……背中側に回っているのでしょうか? ちょっと見てもらえますか?」


「ちゃうでクラヤミ!! お前のカメラ、浮いとるんや!?」


「へ……?」


 言われて目を上げると、確かに宙へ浮び上がっていく、見覚えのあるカメラがあった。


 そして、どこか聞き覚えのある、べた、べた、という音を立てて、カメラが徐々に遠ざかっていく。

続きます。

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