コロモダコ・その1
「ほれ、安もんやから文句は受付へんで。 ベロはもうちっとしたらな、お前猫舌やし」
「グナ゛ァン、ンナンナンナ」
ガオルが湯呑を4つ、長机の上にトントンと小気味良い音を鳴らして並べていく。
一人部室を出て間もないというのに、しっかりと湯気が立っており、ほのかに緑茶の香りが昇る。
1つ多い湯呑は、彼の胸にくっ付いたトラの剥製の分なのだろう。
ペロペロと舌を伸ばし、湯気を懸命に舐めとっていた。
残りの湯呑から1つ受け取ったネクロは、部室をグルリと見渡す。
調べた書類の山、書きかけの原稿の雪崩、スクラップ写真で埋まった壁紙。
茶の味に対して先に牽制されたためか、眉をひそめたまま目に付いた部屋に苦情をこぼす。
彼女は、何かしら文句を付けないといられない性分なのだろうか。
「フン、それにしても汚く狭い部屋だな……台所もないのか」
「部室棟の共同で使える台所は各棟に一か所ですから。 それも電気ケトルしかないので、カップ麺かパックのお茶しか出せないんです。 小学生に許されている火元は、せいぜい家庭科室か理科室くらいですので」
「理科の奴らはええよなぁ。 持ち込んだコーヒー挽いて、ピカピカのビーカー使うて、アルコールランプたっぷり焚いた本格派の味を楽しんどるらしいで」
「あら? ガオルさん、コーヒー飲めましたっけ?」
「……飲めへんけど」
「クックック……なんだ、大口叩く割りにはずいぶんとガキ臭いところがあるのだな」
「う、うっさいわ! 洒落たサテンで取材とか、憧れとんのや!」
「ふふ、ガオルさん、可愛いところあるでしょう? ネクロさんも、あんまり彼をいじめないでくださいね」
「ぐぬ……恥ずいこと言うのやめいや! オカンかお前は!!」
ガオルは顔を真っ赤にしながら、照れ隠しに湯呑をグイっと一気の飲み。
今度は、火傷で舌を真っ赤に腫らして、悶え始めた。
その様子を、ネクロとクラヤミが声を重ねて笑い合う。
ひとしきり湯呑が空くと、部室へ入り込む日差しまですっかり朱に染まっていき、夕暮れを告げていた。
「はぁ……結局、動画を見返した所でなんも分からへんかったな」
「そうですねぇ……絞れたのは、撮影された時間帯が、下校時間の後に忍び込んだということくらいでしょうか。 それも、まだもう少し先の時間ですが」
「先も忠告したが、我は口を出さんぞ。 勝負なのだからな」
「へいへい、分かっとるっちゅうに。 せやけど、ワイらもそろそろ動かんとな」
「闇雲に……とりあえず校舎を歩いてみるしかないですよね?」
「ちゅうても、動画の前……この馬鹿猫が何かしでかしたから、怪異が現れた可能性もあるわけやし、正直勝算薄いわな……はぁ」
「クックック……喉から手が出る程に助言が欲しいと言いたげな顔だな。 悪くないぞ、貴様のその顔」
「チッ、悪趣味なやっちゃで。 こうなったら、あの三馬鹿の様子でも盗み見するしか無いやろな」
一度は威勢を張ったガオルだが、いざ部室の戸を開けて出ていこうとする時には、その勢いも挫けていた。
ガックリと猫背のまま脚を踏み出すと、突然叫び声が廊下に鳴り響き、部室まで飛び込んで来る。
『ぎにゃぁぁぁぁ!!』
「うぉっ!? なんやこの汚い声は!?」
「これ……あの動画を撮っていた子のものではないでしょうか!?」
「ガッポリのか! アイツ、今度はなにやらかしたんや、あのアホ!!」
「声は上の方からでしょうか……?」
「分からんけど、ほっとくわけにはイカンやろ! 行くでクラヤミ!!」
「は、はい……!!」
「ほぉ……面白そうになって来たではないか、クックック」
ガオルが廊下の外へと飛び出していくと、クラヤミもカメラを掴んで急ぎ後を追う。
そんな彼らの背を見つめ、不敵な笑みを浮かべながらネクロも歩き出した。
先行するガオルとクラヤミは階段を駆け上がると、途中々々で廊下を見通し、人の有無を確認していく。
しかし3階まで確認しても、人の気配はまるで無い。
既に下校が済んでおり、生徒は誰も残っていない様子。
「クソッ! どこや、あのアホは!?」
「ぜひゅ、はひ……あの、渡り廊下は……」
「それや!!」
校舎棟と部室棟を繋ぐ廊下、階段からは死角になっているその場所。
それを思い出すと、ガオルはクラヤミを置いて先に突っ走る。
既に息を切らしたクラヤミも足取り重く続いていくが、彼女が追いつくよりも先にガオルが声を上げた。
「いたで、クラヤミ! コッチや!!」
「ど、どうでしたか……はひ、げほ……まぁ、これは……!?」
渡り廊下を覗くと、猫耳の少女と金髪の太鼓持ちが抱き合い震えていた。
グスグスと鼻をすする音から察するに、俯いて見えない二人の顔は涙で崩れているのだろう。
ガオル達が来たのも気付かず、ずっと泣きじゃくっていた。
「なにが、あったんでしょうか……?」
「ワイかて、今来たところや、分からへんて。 ンン? そういや、なんか変やな」
「あら、一人……お友達が見当たりませんね……?」
「せや! マダコがおらんのや! つまり……!!」
「あ……!!」
一人足りない仲良しトリオ、そして泣き続ける残された二人。
それが意味することを察すると、クラヤミは口を押さえて言葉を飲み込む。
言ってしまえば、取り返しのつかないことになりそうな、そんな嫌な予感がしたからだ。
続きます。




